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母の死
程無くして住いを移す事となった。私が十の頃である。
先日、母が死んだ。
誰も死に目に合う事は無かった。遺体はすぐに焼却処分された。「伝染るかも知れないから」と父に擁かれ、私はもくもくと母が煙となって煙突から出てゆくさまを見上げていた。
結局、助からなかった。
私はサナトリウムの裏にて泣いた。最期まで・・・この中には入れて貰えなかった。
父も私の肩を抱き泣いた。悲しい時は、泣くしか無い―――だから明日は晴天の空を仰げる様に、今どっぷりと悲しみに浸かろうと言って。
自宅に一つの匣を持って帰った。出て逝った母と似た成分の匣。併し母が還って来る処は、もう此処では無い。
この家も、引き払わなくてはならないのだ。
家に帰ると弟が居た。葬式にも出ず、納骨にも立ち会わなかった私の弟。今日も叉、窓から空を仰いでいた。
母は遠すぎて、この家からはとても視えない。
弟は母の骨壺を見て微笑んだ。まるで自分に近づいた様な、その死を慶ぶ様な眼で。
――――私はあの時の弟の表情を、未だ忘れる事は出来ない。




