第十章(3/11)
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ダーフィットはすぐ目の前まで来るように指示したが、近づいていくと、なぜか少し距離をとったところで止まれと言われた。自身よりも背の高いアレイスと並びたくなかったのだろうか、などとソルが思っていると、彼はアレイスを睨むようにする。
「……お前はどうして武器を持ってないんだ、アレイス?」
「はん?」
アレイスは少しだけダーフィットを面白そうに見てから、わざとらしく自身の体を見下ろす。剣も使えないことはないと思うのだが、彼はいつも剣など佩いていない。別に必要ないと思っているのかもしれないが、なぜ持っていないのか、についてはソルも興味はある。アレイスが口を開くのを待っていると、彼は笑いながら言った。
「重いんでね」
は、とダーフィットは口を開ける。
ソルは密かに苦笑した。本気の台詞か冗談なのかは知らないが、ダーフィットは怒るだろう。そう思っていると、案の定、ダーフィットは顔を赤くした。
「ふざけるな! お前は父がどうしてもと言うから、わざわざ我が隊に加えてやったんだ。足を引っ張るつもりなら、いますぐ目の前から消え失せろ!」
「そう言われても、俺は俺でルドにここにいるように言われたんでね。まあ、せいぜいあんたらの足手まといにならないように気をつけるよ」
軽く肩をすくめたアレイスにダーフィットは、また、ふざけるなと叫んだ。アレイスはそれをまた面白そう見ていたが、ふと、自分の唇に指を立てた。しばしアレイスが沈黙すると、ソルの耳にも物音が聞こえた。
「わめくなよ。屋敷の人間に気づかれただろ」
アレイスの言葉に、ダーフィットははっと息を飲む。慌てて屋敷を窺おうとする男を冷めた目で見ながら、ソルも屋敷に目をやった。
物音を不審に思ったのか、若い男が一人、中から出てくるのが見える。若い男、ということは領主の家族ではない。使用人か何かだろう。さてこちらはどう動くつもりか、とソルがダーフィットたちの姿を傍観していると、口を開いたのはアレイスだった。充分に顰めた声で彼は言う。
「命令をもらえれば動こう」
「……うん?」
「屋敷の人間に気づかれる前にあいつを捕らえる必要があるはずだな」
ああ、と半ば言わされた格好のダーフィットに、形ばかりの敬礼を返したアレイスは、散歩にでも出る気軽さで、ふらりと庭に出ていく。
慌ててそれを止めようとしたダーフィットだったが、次の瞬間にはアレイスが無造作に投げた紐だか鞭だかが男の首にかかっていた。さっと距離を詰めたアレイスが男の元に近づいた時には、すでに男は首に巻き付けられた紐を引かれて意識を失っており、庭に倒れ込む前にアレイスに音もなく抱えられていた。
出てきた男は魔術師ではなかったが、アレイスのあれは、対魔術師用なのだろう——とソルは思っている。魔術師は接近戦には弱い。剣の間合いに入ってしまえばほぼ勝ち目はないと言ってもいいのだが、逆に相手の間合いにさえ入らなければ、遠くからいくらでも魔術をお見舞いできる。
が、アレイスのその武器は剣の間合いに入れるよりもずっと遠くから、魔術師の命である声を封じられる。ソルが相手にするとしても、剣の達人であるらしいヘイスベルトよりも、剣を持たないアレイスの方がよほど厄介だ、と思うのだ。
アレイスは遠くからダーフィットたちを見ていた。意識を失った男は庭に横たえられている。無駄な殺生を好むタイプではないし、相手は確実に領主の縁者でもないから、殺してはいないだろう。
これからどうするつもりだ、と投げかけるような視線だったが、ダーフィットは何故だか怯んだように息を飲んだ。アレイスの視線を別の意味で捉えたのか、単純に得体の知れない彼の動きに怯んだだけか。
「俺らも動くか、指揮官」
動きを止めた彼を見かねてソルが声を出すと、彼ははじかれたようにソルを見た。何故だかしばらく値踏みをするようにソルを見ていたが、今度はふんぞりかえるような偉そうな態度で言った。
「お前なんかに言われずとも分かっている。全員、計画通りだ。この地を占拠して、我らが国を築くためにいざ動くぞ!」
また大声を出した男は、わざわざソルにぶつかるようにしてから、大群を引き連れて出て行った。ソルはそれをぽかんと見送ってから、ため息をついた。ルドから命ぜられて特別に加えた随員である二名のうち一名——アレイスでない方——が、明らかに自分よりも年少で小さくて弱そうであるとして、自信を取り戻したのだろうか。
後頭部に土の民でもぶちかましてやろうか、と思いながらも、大人しく後を追う。
出来の良い兄でも色々と苦労はあるが、出来の悪い兄たちよりは何百倍もマシだろう。
そう考えて、ソルは少しだけヘイスベルトに同情した。




