第十章(2/11)
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「……面倒くさいやつらだな、ルドも、ヘイスベルトも」
ヘイスベルトの名を出すと、アレイスは面白そうに笑って言った。
「確かに、ヘイスベルトも相変わらず食えないヤツだったな」
アレイスに言われたくは無いだろうが、とは思ったが、ソルも頷いた。
ヘイスベルトは部屋に押し入ってきたアレイスとソルを見て、口元だけで笑んでみせた。レイナに怪我をさせて拐ったのは、ヘイスベルト本人だということは分かっている。が、彼には全く悪びれた様子もなかった。
『すごいね、本当に助けにきたんだ』
『俺の女に手を出すなって言わなかったか?』
『覚えてるけど、俺なんかにルドは止められない。アレイスにとっては、ルドも手のひらの上なんだろうけどね』
『自分もうまく転がしといてよく言う』
そう冷たく言ったアレイスに対し、ヘイスベルトは首を傾げた。
『あれ、もしかして怒ってる? ごめんね。ちゃんと手当てもしたし、謝るから許してくれない?』
そんなヘイスベルトに、どんな意味かアレイスはふらりと手を振った。
彼らの会話はそれだけだった。アレイスはそれだけでヘイスベルトへの興味を失ったかのようにレイナのもとに向かったし、ヘイスベルトもそんなアレイスを興味深そうに見ていただけだ。
ろくに薬も水も飲まないと聞いた——とアレイスはレイナに言ったが、その時の彼らにそんな会話はなかった。と言うことは、アレイスはヘイスベルトの部屋を訪れる以前から、何かしらの情報を得ていたことになる。ヘイスベルトのところにいることも分かっているようであったし、もともとヘイスベルト自身からレイナに関する情報を受け取っていたのかもしれない、とも思う。
レイナは思っていたよりずっと弱っていたのだが、アレイスには特に驚いた様子はなかった。別にヘイスベルトが何をしたわけでも無いとレイナ自身が語っていたから、直接なにか彼が手を出したわけでは無いのだろう。だが、あんなところに一人で置かれて、体を壊さないわけがない、とソルは思う。
「熱も少しは下がったようだ。あとはクルーたちにでも任せるか」
レイナの額に自分の額をぺたりと当てるという格好でいった男に、ソルは思いきり顔を顰めた。ソルに不愉快な思いをさせるためにやっているのでは無いだろうか——と邪推するが、そんなことを言ったら相手の思うツボだ。
ソルはやはり、密かにため息をついた。
ダーフィットは、想像より見目の良い男だった。
ルドやヘイスベルトより、背は高いだろう。適度に筋肉がついたすらりとした体つきと、日に焼けた精悍な顔つき。いかにも、といった指揮官のような立派な衣服を着こなし、長めの髪もうまくまとめて決まっている。見た目だけでいけば、ヘイスベルトなどよりずっと良い。ヘイスベルトは、あの異様な存在感さえ消しておけば、街中を歩いていても人混みに混ざってしまうだろう。特に振り返るような人間もいないだろうが、こちらは女性たちが振り返ってもおかしく無い。
「これで無能とは残念なことだな」
壁に背をつきしゃがみこんだままソルがつぶやくと、アレイスの笑い声が降ってきた。
「誰にでも長所の一つくらいはあると言うことだ」
「他には無いのか」
「俺は聞いたことないな」
アレイスが知らないということは、無いと言うことだ。
「せめて台本をそのまま読むくらいの可愛げがあれば、ヘイスベルトの影武者にして表に立たせるんだろうがな。支配者の見目はいいに越したことはないし、矢の盾くらいにはなる」
「台本をそのまま読む能もないのか?」
「ないだろうな。表に出せば、ファースの二の舞だ。後ろを無視して突っ走るだけだ」
ふうん、とソルはつぶやく。
ファースはルドの長兄であり、ヘイスベルト達の兄であった男だ。十年ほど前に、ルドに隠れて独断で多くの兵を率いた挙げ句に、王都にあっさりと潰された。
ファースの失脚と死を、ダーフィットはたいそう喜んだらしい。それを見て、ルドとヘイスベルトは大きく失望した、と聞いている。多くの仲間を失い、王都に目をつけられ、ルドは大幅に勢力を削られている。その状況で、兄が死んだことで自身に王冠が近づいた——と小躍りしたのであれば、確かに無能の極みである、とソルですら思う。
「おい、お前ら何してる!」
そのダーフィットがこちらを睨んで叫んだ。この状況で大声を上げる彼の無神経さに、ソルは苦笑いをしながら立ち上がる。一応は全員で身を潜めているのだし、相手に事前に存在を悟られるわけにはいかないのだが。
「なるほど、便所掃除ね」
ソルはつぶやく。
領主の屋敷に詰めている魔術師は、領主本人を含めてわずか三人。領主とその妻と、娘が一人。一番、腕が立つとされる娘の婿は王都にいるそうだから、今は年寄り二人と娘だけだ。
それに対してこちらは逃さないようにと屋敷を取り囲む後方支援が十名以上、襲撃部隊が三十名ほど。正面から戦うわけでなく、ある程度の情報を得た上で押し入るわけだから、負けるはずもない。
別にアレイスやソルなど不要だろう。が、敢えてあの無能を頭として手足として働けと言うことなら、懲罰以外のなにものでもない。
そんなことを考えていると、アレイスに、いきなり後ろから頭を掴まれる。なんだよ、というと、彼は笑いながら言った。
「口が悪いな。あの手のヤツは頭が悪くても耳だけはいいんだ。言葉に気をつけろよ」
「あんたもたいがい口が悪いな」
そう言ってソルがアレイスを見ると、彼はどこ吹く風といった表情で、ソルの頭を一つ揺らしてから手を離した。




