第十章 夢と現(うつつ)の狭間で(1/11)
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「水の民、加護を頼む」
ソルの言葉に、青い狼はちらりと視線だけをソルに向け、それから眠っているレイナを見下ろした。レイナの顔色は悪い。もともと白く透き通った肌をしているから、余計に青白く弱々しく見える。
何が変わったか分からなかったが、青い狼は用は済んだとでも言いたげにこちらを睨むと、すっと姿を消す。水の民は人との調和が高い、と言われている。
力のある水の民を使って大怪我がたちまち治ったり、重病人が急に起き上がった、という逸話がある。のだが、ソルが実際にみるみる傷口が治るようなことを見たことはない。
「本当に意味あるのか、それ」
面白そうにレイナとソルを見比べるアレイスに、ソルは嫌な顔をして見せた。
多少の気休め程度の効果はある、とソルは思っている。こうして水の民に加護を頼むことで、体が軽くなる気もするし、怪我の治りや病気の治りは確実に早くなるような気がしていた。実際に王都では魔術を使った医師もいると聞いているくらいだから、全く意味がないということはないのだろう。
「さあな。あんたが死んだら生き返るかどうか試してやるよ」
「せめて死ぬ前に試して欲しいもんだが……まあいい。多少はマシになったようだな」
アレイスはそういうと、眠っている彼女の前髪に指をかけてさらりと揺らした。金糸のような美しい光がさらりと流れる。ソルが見る限りでは顔色が良くなったようには見えなかったから、それはソルに対する彼の気遣いなのかもしれない。もしくは、ソルには分からない僅かな違いも感じられるほど、レイナと親しいということか。
それを考えると、微かに羨ましいような、嫉妬するような、そんな気持ちが湧いてくる。レイナの髪を何気ない様子で揺らすアレイスから目を逸らすと、ソルは密かにため息をついた。
レイナはアレイスと特別な仲ではないと言っていたから、二人がどの程度親しいのかは分からない。アレイスはそもそも男女問わず人との距離が近い。彼が仲間の肩を抱いたり、不意に髪をかき回したりしているのを何度も見ているし、ソルに対しても簡単に手を伸ばしてくる。
ソルはそれを羨ましい、と思うことがある。
ソルにも仲間はいる。魔術師であるという同じ境遇にいる運命共同体のような仲間であり、特に年の近い人間とは仲も悪くない、とは思うのだが、どうも昔から自分には人と距離を取るようなところがある。
その中でもレイナは一目見た時から特別で、彼女の中に母の姿を見て、彼女の境遇と自分の姿を重ねて、それでいて眩いほどに美しい笑みを見せる彼女を見ていると、とても近寄れない——と思ってしまうのだ。
ソルにとって、とても遠くて眺めるだけで精一杯な存在。それにアレイスはいとも簡単に触れられる。
そんなことを考えていると、ヘイスベルトの部屋で、アレイスがレイナに口付けている光景が急に記憶から浮上して、ソルはとても嫌な気分になる。薬を飲ませてやっただけだろ、と彼は肩をすくめたが、はたして女性に対してそんなことが許されるのだろうか。
「クラウィスまでは三日ってとこだ。明日には出るぞ」
アレイスの言葉に、ソルは視線だけを向ける。何を言っているのだろう、と一瞬、戸惑ったが、すぐにそれがルドの言っていた街だと思い出す。
「忘れてたが、なんだクラウィスって」
「おい。ルドとの約束を反故にしようとするとは、良い度胸だな」
約束したのはあんただろ——と言おうと思ってやめた。
お前ら、とルドが言って、俺ら、とアレイスは言った。そこに当然ソルが入っているのは分かっていたが、口を出すつもりはなかった。何としてでもレイナを助けたいと思っていたのだし、結果としてレイナを取り戻すことができたのだから、文句を言うつもりなどない。
「反故にする気は無いが……そもそもなんだクラウィスって。俺らがそこに行く意味があるのか?」
「意味なんかねえよ。土足で部屋に上がったクソガキ共は、罰として便所掃除でもしとけってとこだろ」
「はあ?」
ソルが理解できないような声を出すと、アレイスは笑った。
「王が寝室まで忍び込まれて脅された——となれば、やつの沽券にかかわるからな。なるべく周囲に知られず穏便に、だが対等な取り引きじゃなくて罰を与えた、って体裁にしときたいんだよ」
「なんだそれ」
「じじいのプライドだろ。それにクラウィスには、ダーフィットが出る。無能な次男の指揮下に俺らを置くことで、俺らがルドの手の内にあると示したいんだろ」
じじいのプライドは分からなかったが、後半は理解できた。アレイスは、比較的ヘイスベルトとは近い。だからヘイスベルトと共にあっても彼らが協力関係にあると捉えられるだけだろうが、皆が口を揃えて無能というダーフィットと共にあれば、ルドの支配下なのだと思わせられるのかもしれない。なんなら無能な兄にも箔がつく。
ソルは周囲から顔も知られていないし魔術師として公にでもならない限り、村に迷惑もかからないだろう。だが、アレイスは立場的にルドの下についたと思われるのは困るのでは無いか——と。
そう聞こうと思ったが、やはりやめた。彼がそんなことを考えていないわけがないし、そもそもまわりからどう見られるかを気にする人間とは思えない。




