第九章(10/11)
++
「そんなにあの女が大事なのか?」
じっと鋭い目をアレイスに向けるルドに、彼は軽く肩をすくめた。
「あんたは王だ。現国王と比べても全く見劣りはしないし、俺はあんたを応援してる。——あんな女を使わなくても、必ず玉座に座れるだろうよ」
そんなアレイスの言葉に、ルドは眉間の皺を深くした。アレイスのいつもの軽口ととらえたのか、上から目線の言葉を不愉快に感じたのか。
「言いたいことはそれだけか」
「そうだな」
そう言って、アレイスは真っ直ぐな視線をルドに向けた。ルドもしばらく黙っていた。何を考えているのだろう、とソルは思う。
自分の命か、尊厳か、はたまた駆け引きか。
アレイスは彼に武器をチラつかせてはいないが、代わりにソルを置いている。魔術師を連れてきた、というのはやはり彼に対する脅しなのだとソルは思う。魔術師が睨みを効かせて立っていれば、普通は恐怖を感じるものだ。だから敢えて最初にソルに火をつけさせた。
だが、これだけ明確に脅しをかけていながら、彼に剣を向けていない、というところがきっとアレイスにとっては重要なのだろう。ソルにとってはよく分からない駆け引きだが、彼には彼の立場があるし、大勢の仲間もいる。今後もルドと付き合っていかねばならないことを考えれば、剣や魔術を突きつけて「命が惜しくばレイナを返せ」とすることはできない。だから、直接的な脅しの言葉もかけていないのだ。
それが分かっていてルドは、まだ余裕があるのだろうか。ルドはちらりとソルを視界に入れる。ソルはそれに睨みを返した。彼はそれを意に介した様子はなかったが、やがて口を開いた。
「——七日後、クラウィスを襲撃する。お前らも出てこい」
言っている意味がわからずにアレイスを見ると、彼は面白そうな顔をしていた。
「俺らを兵士として使おうって?」
「手が多くて困ることはない。頭が多いと困るがな」
は、とアレイスは声を出して笑った。
ソルは話の展開についていけず、困惑する。国王の暗殺に失敗した以上、いずれクラウィスを襲撃することは、ソルにも分かっていた。あそこは王都までの足掛かりとして重要な街であり、貴族である領主に仕える主管は、完全にルドの手の内の人間だ。
だが、なぜいまそんな話を彼が持ち出したのかわからなかったし、そこに兵士としてアレイスやソルを使う、ということにいったいどういう意味があるのかも分からなかった。
「あんたのそういうところは嫌いじゃないな。まあいい、その程度で良ければ付き合おう」
彼はそういうと立ち上がった。
「邪魔したな」
そう言ってあっさり部屋を出て行くアレイスを、ソルは慌てて追った。廊下を歩きながら、外がわずかに騒がしいことに気づく。アレイスが倒した人間が意識を取り戻したのか、ほかの不寝番がそれを発見したのか。すぐにここにも人が来るだろう。アレイスもそれが分かっているのか、早足で出口へと向かう。
「ちょっと待て、レイナは?」
ソルはアレイスについていきながら、小声で聞く。てっきりレイナをルドに返してもらえるものだと思っていたが、彼らはそんな話は一言もしなかった。
「レイナはヘイスベルトのところだ」
「あ?」
外に出るなり、人に出くわした。ソルが驚いている間に、やはりアレイスが簡単に当身を入れて倒した。
「ヘイスベルトはケルタにいる」
ぜんぜん違う町の名前を出されて、ソルは「は」と声を出す。今度は彼は川を渡るつもりはないらしい。こちらの方が逃げやすいのか、それとももう魔術で飛ばされるのはこりごりなのか、来た道と逆の方向に小走りで駆ける彼に何とかついていきながら、ソルは言った。
「それが分かってて、なんでこっちに来た」
しばらく走って屋敷から十分に距離を取ってから、アレイスは歩を緩めた。さすがの彼も疲れたのか、肩で息をしている。アレイスは一度、屋敷の方を見やり、誰も追ってきていないことを確認してから歩き出した。
「ルドに話さえ通しておけば、ヘイスベルトはレイナを渡してくれる」
呼吸を整えるようにしながら、彼は言った。
逆を言えば、ルドに話が通らなければ、ヘイスベルトはレイナを決して渡してはくれない、ということなのだろう。
ヘイスベルトはルドの子である。三人いる息子のうちの三番目で、普通に考えれば兄たちがルドの後継と目されそうなところだが、一番上の兄はすでに亡く、二番目の兄は長兄やヘイスベルトほど目立った存在ではない。というよりも二番目は、はっきりと無能の烙印を押されているようだったから、アレイスも昔からヘイスベルトが後継と考えているようだった。
「……あれで話が通ったのか?」
「通ったように見えなかったか?」
からかうような口調で言ったアレイスに、ソルは嘆息しながら首を振る。
だが、とりあえず持久力は自分の方があるらしい、と。息の上がったままの兄を見上げて、ソルは少しだけ満足をした。




