第九章(4/11)
「……随分とアレイスのことを気にするのね」
ラウを放っておくのも、レイナを丁重に扱いたいと言うのも、全てはアレイスの不興を買わないため。そんな風にも聞こえるヘイスベルトの言葉に、レイナは彼の顔を覗く。彼は楽しそうに口元を動かした。
「そうだな。レイナは我々にとって利用価値があるから、ルドが欲しくなるのは分かる。——だが俺としては、レイナが手に入らなくともアレイスを手元に置いておくほうが、はるかに有益だ」
有益、という言葉に、微かに眉根を寄せた。
彼らはレイナを組織の駒として手に入れようとしている。が、レイナの駒を獲るために、それよりはるかに強い手駒であるアレイスを失いたくはない、と言っているのだろうか。
「だからあんまり喧嘩を売って欲しくないんだけど、それがルドには気に入らないらしいな。彼は王だから、意のままに動かないアレイスが気に食わないし、彼に強く出ない俺の態度も気に食わない」
彼らは王都を倒して、自身たちが王になろうとしている。
ルドはここカエレスエィスが魔術師たちによって建国される前に、この地を納めていた王族の子孫なのだとアレイスは言っていた。その時の国王は魔術師たちによって殺されたと伝わっているそうだから、その子孫というのが王の子なのか王の兄弟なのかはわからない。なんにせよ彼らは国を追われたが、いずれは玉座と取り戻そうと虎視眈々と力を蓄え続けていたらしい。そしてその力を急速に拡大させたのが、ルドなのだ。彼はかつて玉座に座っていた王のように、力があり、知力があり、カリスマ的な求心力がある。
「今回も、レイナを手に入れたかったというのももちろんあるだろうけど、アレイスを試している部分もあるんだと思うな。——ねえ、アレイスはどう出ると思う? レイナを助けにくるかな」
ヘイスベルトはそう言うと、黒い目を眇めてレイナをみた。強い黒の色は、光の見えない深い深い夜の闇のようで、底冷えがするような感覚がある。だが、それにもかかわらず目を離せない魅力というようなものもあり、レイナの胸がざわりと騒いだ。
アレイスがレイナを助けにくるかなんて、レイナに分かるはずがない。
彼はレイナを少なくとも庇護してくれてはいる。亡き母の代わりなのか、本当に単なる憐憫の情なのか、それとも気まぐれなのかはわからない。だが、彼は、自分の立場を危うくしてまでレイナを守るつもりはない——と明言していたし、最近ではほとんどと言っていいほど顔も見せない。ヘイスベルトはレイナをアレイスのお気に入りだと言ったが、別に彼とそうした関係でもないのだ。
そうは思ったが、口には別のことを出した。
「助けにきたら、あなたはどうするつもりなの?」
「それはアレイスとルドがどう出るか次第だな。二人が許してくれるのなら、レイナに怪我をさせたことを謝って返すんだけどね」
ルドが王であるのだとすれば、ヘイスベルトは王子という立場であるはずだ。そのヘイスベルトが強く出られず、頭を下げるというアレイスは、改めてどういう人物なのだろうか。
「……アレイスの何がそんなに貴重なの?」
レイナの問いに、ヘイスベルトは首を傾げた。
「彼は魅力的だろう。なんの後ろ盾も資源もなく、あれだけの組織を僅か数年で立ち上げたんだ。魔術師たちにも気に入られているし、なんだかんだと言って、ルドもアレイスのことを気に入ってはいる。昔からうちに取り込もうと画策してるんだ。だが、彼は靡いてもくれないし、それでいて切り捨てることもさせない」
彼はそう言って、レイナを見る。
「ルドは王となるために、この国を倒す方法を考えている。王都を倒すのに、アレイスの協力が不可欠というわけではない。だが、俺はいずれ新しい国の王となる。新しい国を作っていくためには、アレイスの力が必要だな」
新しい国を作る。
その言葉に、レイナは目眩を感じた。彼らは——少なくともヘイスベルトは、王都を倒すために動いているのではない。彼はすでに、新しい国を作るために動いているのだ。
レイナを見ていたヘイスベルトの瞳が、ふと雰囲気を変える。
「ずいぶん顔色が悪いね。話が長くなってしまってすまないな。一度、横になって休むといい」
彼はそう言うと、何を思ったかナイフを取り出す。レイナが思わずその刃を凝視しているうちに、彼はレイナの服を引いた。刃がレイナの服をすべり、レイナは思わず声を出す。
「何のつもり?」
「その腕では脱ぎづらいだろう。手を出すつもりがないというのは信用してもらっていい。仲間の目があるところでは手荒に扱って申し訳なかったけど、二人きりの時はレイナを傷つける必要もないからね」
彼はすっと刃をすべらせると、前がはだけないようにとレイナに服を握らせた。
「寝台を使って良いよ。しばらく戻らないが、部屋には誰も入れないようにしておく——もちろんレイナが外にも出られないけどね。後で水と食事とタオルを持ってくる。他に必要なものはある?」
立ち上がり、血の色の混ざった水やタオルなどを持った彼を、レイナは見上げる。レイナがゆるゆると首を横にふると、彼は本当に部屋を出ていった。




