第八章(10/10)
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「ルドは本気で国政を乗っ取るつもりだ」
急に知らない名前が出て、ステフェンは少しだけ困惑した顔を見せる。だが、陛下はそんなステフェンには構わずに話を進めた。
「——私がルドなら、魔術師は使わない。少なくとも国民の目に触れる場所ではな。魔術を使って国を獲ったところで、民衆の支持は得られん。国を獲った後のことを考えると、魔術師の存在をチラつかせるのは寧ろマイナスでしかない。人々は魔術師による支配をこそ厭うているのだからな」
魔術師による支配を厭うている。
仮にそれが事実だとしても、そんなことを陛下が口に出すとは思わなかった。捉えようによっては、自分たちの存在を否定する言葉でもある、とステフェンはひそかに眉根を寄せる。
「だが、魔術師は役に立つ。別に前線に立たせる必要はない。後方支援ならいくらでも姿を隠せるし、そもそも戦術で考えれば、魔術師は後方支援こそ得意とする存在だ」
たしかに、力のある魔術師なら雨を降らせて視界や足場悪くさせることも、大量の霧で視界を塞ぐことも、風の動きを変えて火計を広げることもできる。魔術の及ぶ範囲は限られるが、魔術師がいる場合といない場合では、戦術の組み立てが大きく変わる。
——もちろん、相手に力のある魔術師がいるかどうかで、こちらの対策の取り方も大きく変わる。戦場となる土地の地形が、事前に魔術によって大幅に変えられている可能性もあるのだ。
そこまで考えて、思わず口にする。
「例えば、魔術師が精霊のいない場を襲撃の地に選んだり、ですか?」
相手が魔術師であるとして、自分たちよりも遥かに数の多い魔術師を相手にする場合にどうするか。魔術師は精霊を使役して魔術を使う。それがいなければもちろん、魔術は使えない。
ならば、精霊の気が少ない土地を選んで、戦場とすれば良い。強い精霊がいるか、多くの精霊がいるか、それとも精霊がほとんどいないか——それは土地や環境、もしくは時期にもよる。魔術師に精霊のいない土地を探してもらい、そこにおびきだして戦えば良いのだ。魔術を使えないのであれば、圧倒的に数で劣るこちらが不利だ。
ステフェンの言葉に、陛下の目の青が深くなる。ゆっくりと言葉を紡いだ。
「真正面からぶつからせて貴重な魔術師を消耗させるのは勿体ないだろうからな。精霊の気配を探るだけなら、幼い子供でもできる」
精霊のいない地など稀だが、精霊の気が少ない場所はままある。そこを戦場に選ぶだけでも、随分と戦況が変わる。それに、もし相手が力のある魔術師であれば、事前に精霊たちを大量に使役して散らすこともできる。そう考えると、先の襲撃での、異常なまでの精霊の少なさも頷ける。
「だが、相手もそれなりの魔術師を擁しているようだ」
陛下も同じことを考えているのだろう。そして、それを考えたのは今回初めてではないのだ、とステフェンは思う。
「私をそばに置いているのはそれが理由ですか」
陛下はあっさり頷いた。
「利用して悪いが、相手の策にこちらも対抗できるということを示しておく必要があるからな。実際にはお前以外にはできん芸当だが、敵にそれと判断できる材料はないだろう。全員が太陽の涙を大量に持ち歩ければいいのだろうが、そういうわけにもいかん」
太陽の涙は希少な石であるし、一人が一つ持ったとしても魔術は一度しか使えないのだ。今回はステフェンもいるが、念のため、強力な土の民を閉じ込めた太陽の涙を一つは持っていたということか。
それならばせめて、ステフェンには事前に教えておいてもらいたかった、とも思う。ステフェンが咄嗟に反応できなければ、厳しい状況であったのだ。ステフェンのことをよほど信用していたのか——よほど信頼がならなかったのか。下手な人間に、反乱軍の話やそれが魔術師を擁しているという話が出来るわけがない。
「なんにせよ、敵は動いた」
陛下はそう言って、その場の全員を見回した。
これまで陛下は、ステフェンに向けて話をしていた。この場でただ一人、状況を知らないステフェンに対しての説明を終えた。これからが本題なのだろう。
「我々の存亡をかけた、戦いが始まる」




