第八章(5/10)
今日が誕生日だというのなら、レイナがここにきてもう一年近く。だが、誰かの誕生日を祝っているところなど、これまで一度も見たことはない。
「クルーの誕生日はいつ? リュカも。もう過ぎちゃったかしら?」
「いいのいいの。僕らは祝ったことなんかないし、そもそもいつが誕生日かなんて知らないもの」
「え?」
「歳もね。だいたいこのくらいかなーって感じで、リュカと一緒に十一歳。家族がいないから分からないんだよね」
クルーの言葉に、レイナははっとする。
たしかに、クルーやリュカの家族はいないと聞いていた。路上で物乞いや盗みをさせられていたり、町外れで野垂れ死にそうになってたりしたところを拾ったんじゃなかったかな、などとアレイスが語っていたから、当然、それくらいは想像できることだった。物心つく前に家族から離れれば、自分の歳も誕生日も分かるはずがないのだ。
別に珍しいことじゃない、とアレイスは言ったから、誕生日も自分の年も知らない子供は彼ら以外にもきっと沢山いる。そう考えると、幼い頃から毎年、当然のように家族や友人に祝ってもらえていた自分は、やはり恵まれている環境にいたのだ。
それを考えて、何度も繰り返すあの問いが再びむくりと頭をもたげる。
貧困がはびこり子供たちが守られていないのは、やはり貴族たちの力が及んでいないせいなのだろうか。王都では何も見えていない——もしくは何も見ようとしない貴族たちが、なに不自由のない恵まれた生活を送っている。
もしもアレイスたちが貴族たちを打倒し、新しい王が正しく国を治めることができたのなら、少しはクルーたちのような子供を減らすことが出来るのだろうか。
考えれば考えるほど、頭が痛くなってくる。
反対に、もしも貴族たちが反乱を制圧してしまったら、クルーたちはどうなってしまうのだろう。アレイスやラウ、それからここにいる皆は無事でいられるのだろうか。彼らが企むのは国家に対する反逆罪だ。見せしめとしての処刑や処罰がどこまでの範囲に及ぶのか、レイナには想像がつかない。
「——でも、別に困ってないから気にしないでね? 僕はリュカと会った日を毎年祝ってるんだよ、リュカと二人でね。それが僕らの誕生日みたいなものだから」
気遣うような声に、レイナは顔を上げる。レイナの表情が曇ったのを見て、クルーが心配したのだろう。彼はまだ子供だというのに驚くほど気を使うし、驚くほど優しい。
「ねえ、乾杯しようか。みんなお腹が空いちゃったかも。レイナの誕生日を祝うって言ったら、こんなに集まってくれたの」
クルーはそう言って周囲を見回す。食堂で会話をしたり、裏庭で剣術を教えたりとすっかり顔見知りになった人たちが、こちらに向かってグラスを掲げたり、片目を瞑ったり、思い思いの方法で合図をしてきた。レイナはそれに笑顔で答えてから、皆にお礼を言う。
「アレイスがいないのは残念だけどね」
クルーはそう言ってから、みんなで乾杯をした。レイナは周りを見回してから、飲み物に口をつける。
たしかにこの場にアレイスはいない。忙しくてそれどころではなかったのかもしれないが、なんとなくアレイスは敢えて顔を出さなかったような気がした。そもそも素直に人の誕生日を祝ってくれるような人とは思えないのだ。
だが、わざわざクルー達に誕生日を教えてから、お祝いしてもいいと言ったのがアレイスだとすれば、やはりそれはレイナのためを思って言ってくれたのだろう。口を開けばろくなことを言わないし、相変わらず何を考えているのか全く分からないのだが、少なくとも悪い人ではない、とレイナは思うようになっていた。
あまり姿を見せないから余計にそう思う。ここにいる仲間でアレイスのことを悪くいう人はいないし、彼に助けられて感謝しているという人も多いのだ。クルーやリュカの話を聞いていても、彼らがアレイスを尊敬しているのがわかる。
レイナは隣で美味しそうにご飯を食べるクルーに声をかけた。
「ねえ、クルー。もうすぐクルー達と私が初めて会った日じゃない?」
「そうだね?」
クルーは可愛らしく首を傾げた。
レイナが王都を出されてから何日もしないうちに、レイナは倒れてアレイスにここに運ばれた。クルーたちにもここで会ったから、レイナの誕生日から半月も離れていないはずだ。
「わたしもクルーとリュカにあった記念日をお祝いしたいな。三人で」
クルーは何度も瞬きをしてから、隣に座るリュカを見た。リュカもクルーとレイナの顔を交互に見ている。
「どうかな?」
「もちろん。嬉しいな」
クルーは満面に笑みを浮かべて、リュカは少しだけ恥ずかしそうな顔をした。
「楽しみだな。僕らの誕生日が増えたね」
彼らが二人で顔を見合わせるのを見て、レイナは嬉しくなった。




