第八章(4/10)
「遅くなっちゃってごめんね。代わりにご飯は一緒に食べない?」
そう言ったクルーに、もちろんと笑って、レイナは裏口から中に入る。
食堂に向かうと、多くの人の気配がした。アレイスの言う通り、最近は毎日のように部屋が埋まっていたから、食堂も時間によっては満室になる。席は空いているのだろうかなどと考えながら入ったレイナだったが、いつもと違う様子に入り口で立ち止まった。
中央のテーブルに綺麗に並べられた大量の料理に、レイナは目を瞬かせる。食堂には多くの人がいて話し声が聞こえていたのだが、皆、レイナが姿を見せると一様に黙り込んだ。ほとんど席は埋まっている。
「どうしたの? これ」
レイナがクルーを見ると、彼は小さな可愛らしい袋を手渡してきた。黄色の布でできたそれには、何かが入っているようで膨らんでいる。
「これ、僕たちからのプレゼント。レイナ、今日が誕生日なんでしょう? 十七歳、おめでとう」
にっこりと笑ったクルーに、レイナは息を飲んだ。誕生日おめでとう——なんて言葉が随分と懐かしい気がして、一瞬、意識が幼少期にまでひき戻される。
誕生日おめでとう、と家族や友人たちと幸せな空間を共有したのはいつが最後だろう。昨年の誕生日は、王都を出る日だった。皆は葬式にでも出るような顔をしてレイナを見ていたし、その前の数年間も、王都を出るまでのカウントダウンのように感じていたから、大々的に祝ってもらうような気にもなれなかったし、周囲も遠慮がちに声をかけてくるだけだったのだ。
「どうして、私の誕生日を知っているの?」
「アレイスが教えてくれたんだ」
レイナが王都を出た日だ、アレイスであればそんな情報など簡単に分かるのだろう。あれから一年が経ったということに驚くような、それともまだ一年しか経っていないということに驚くような、そんな複雑な感情を抱く。
「アレイスが、僕らが祝いたいなら好きにお金を使っていいっていうから、お言葉に甘えて美味しそうな料理を準備してもらっちゃった。レイナが好きな食べ物はなんだろう、ってラウに聞いてつくってもらったものもあるんだよ」
「レイナの好きな食べ物なんて、私に分かるわけないですけどね」
グラスを運んでいたラウがそう言って息を吐くのが聞こえ、レイナは並べられた料理を見下ろした。途端に、胸をぎゅっと掴まれたような気持ちになり、なんだか訳もなく涙が出そうになる。何故だろう、と考えて、手前の皿に乗せられた料理が、王都の学舎で食べていたものによく似ているからだ、とようやく気づいた。ここ一年でそれに似たものを食べたことはないから、ラウが作ってくれたのだろう。よく見ると、それ以外にもいくつか懐かしさを覚えるものが並べられている。
本当に涙が出そうになって、レイナは慌てて手にした袋を見下ろした。
「開けてもいいの?」
「もちろん。でもね、アレイスは好きに買えばいいって言ってたんだけど、僕たちはレイナのプレゼントを自分で準備したかったから、高価なものは買えなくて。大したものじゃなくてごめんね」
クルーたちはお金を持っているのだろうか。自分たちで準備した、という言葉に申し訳なさを覚えながらも、きゅっと口の締められた袋を開けて手のひらの上に中のものを落とす。
さらり、と中から出てきたのは、緑の髪紐だった。それに、赤とオレンジ色の鮮やかな花が付いている。これまでみたどんな宝石よりも美しく見えるその生花に、思わず声が出る。
「とっても綺麗」
「お花はすぐに枯れちゃうけどね。でも、お花は枯れたらまた新しいのを持ってくるから、待っててね。——ねえ、レイナの髪につけてみてもいい?」
もちろん、と頷いて彼の身長に合わせて膝をつくと、クルーはぎこちない手つきで髪紐を巻きつける。すでに一つに束ねていたのでさほど難しくはないはずだが、慣れない作業に四苦八苦しているクルーを見かねたのか、意外にもそばにいたラウが手を出してきた。
「上手だねえ」
慣れた手つきで花を留めるラウに、クルーは嬉しそうに手を叩く。レイナはクルーとリュカ、それからラウにお礼を言う。
「ラウはなんでもできるのね」
「髪を留めただけですよ」
彼はそっけなく言うとすぐに奥の方に消えていった。
髪をとめたのもそうだが、料理もそうだ。レイナの好きなもの、と言われて王都で食べていたものを作ったラウは、改めて数少ないレイナの仲間なのだと思った。彼は全く言っていいほど過去を語らない。だが、もし彼が王都での生活を憎んでおり、思い出したくもないと考えていたのなら、きっとこんな料理は出てこないだろう。
「とっても似合う。良かった」
クルーに言われて、レイナはにっこりと自然と笑顔になる。周囲で見ていた人たちからも綺麗だね、と口々に言われて、レイナの胸はいっぱいになった。もしかしたら周りの人々もレイナの誕生日を祝うためにここにいるのだろうか。
そう思うと胸が苦しくなるとともに、ふと、不安も湧き上がる。




