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第七章(11/11)

**


「しばらく学舎には来ないのか? まあ、ステフェンには今さら座学も演習も必要ないと思うが」

「必要があるかないかで言えば、俺よりリュートの方が通う必要があるとは思えないけどね」


 ステフェンの言葉に、彼は肩をすくめた。

 彼は大抵の科目で成績はトップだし、魔術の演習にいたっては講師たちよりも強い精霊を使役することができる。


「俺は家にいるより学舎にいる方が楽だからな。勉強もはかどるし、ステフェン様にもお近づきになれる」


 彼の台詞に、ステフェンはただ苦笑した。


 リュートほどの魔術師であれば、実際にはなんの後ろ盾も必要ないのだ。加えて十家の中の出であるし、人格も品格も申し分ない。彼の名は学外にも届いているし、ステフェンの友人であることを抜きにしても陛下の耳にも届いているのだ。


 だから彼がそれをよく口にするのは、もはや単なる冗談でしかないのだろう、とステフェンは思っている。


「それなら俺はリュート様とお近づきになるために、明日は午前中だけでも顔を出そうかな。明後日からまた陛下の遠征に付き合わされるんだ」


 リュートが形の良い眉を寄せた。リュート様という言葉に反応したかと思ったが、彼が気になったのはそこではないらしい。


「陛下の遠征に付き合うって、なんでまたステフェンが? 少し前にも陛下について出てたよな」

「そんなこと俺に聞かれても困る。今月に入ってもう三度目だ、そろそろ勘弁して欲しいんだけどね」


 ステフェンがため息をついてみせると、リュートはますます眉を寄せた。


 なんでまた、というのはステフェンも考えるところではある。

 陛下の周りには護衛も山ほどいるからステフェンの力など必要ないだろうし、まだ成人もしていないステフェンが仕事上での話し相手になるとも思えない。そもそも、遠征の供をするような任務は成人してから与えられるべきものであるし、そうでなく陛下の甥として何か特別待遇を取られているというのなら——面倒なことこの上ないのだ。


「随分と陛下に気に入られてるな。羨ましいよ」


 リュートはそう言ったが、その視線にはこちらを気遣うような色がある。ステフェンは苦笑しながら、グラスを傾けた。そこには風の民(アウラ)風の民(ウェントス)がいる。彼女たちは、ぽたりと落ちた水滴の周りを楽しそうに跳ねた。


「そういうことじゃないと、思ってるんだけどね」


 陛下には子供が三人いる。

 二十歳になる王太子と十八の王女、それから十になったばかりの王子。そんな年頃の彼らを差し置いて、まだ十八にもならないステフェンを度々帯同する陛下を見て、もしかしたら陛下は実子ではなく甥であるステフェンに王位を譲ろうと考えているのではないか——と、最近ではそんな噂が立っているらしい。


 それが当事者であるステフェンの耳にも入ってくるくらいだから、それなりに広まっているのだろう。ある程度の信憑性があると思われているのか、陛下が明確に否定しているにもかかわらず、その噂が消えることはない。ここカエレスエィスでは、建国当初は世襲でなく実力で王を選んだとも言われているから、全くあり得ない話というわけでもないのだ。王太子殿下は以前から魔術師としての才能が乏しいと言われており、才のある王女殿下を後継にしてはどうかという話もたびたび浮上する。


「今日、ステフェンを訪ねてきた時だが」

「うん?」


 リュートはほとんど食事を終えているようで、いつのまにか手を止めてこちらを見ていた。


「ステフェンが最近疲れてるようだから、話でも聞いてやって欲しいってフェリクスさんが言ってたよ」


 思いがけない言葉に、ステフェンは首をかしげる。


「別に疲れてはいないけどね?」

「そうか? 俺からみても少し顔色が悪く見えるし、フェリクスさんも心配してるんだろう」

「……それは申し訳なかったな。フェリクスにも、リュートにも」


 どちらが言い出したのかは分からないが、それで一緒に夕食でもどうか、ということになったのだろう。


 疲れているという自覚はないが、噂のせいもあり色々と思い悩むことがあったというのは確かだ。ステフェンに向けられる視線が明らかに変わったし、あからさまな好意を向けてくる人間や、明確な敵意を向けてくる相手が少なからずいる。


 もちろん、ステフェン自身にそうしたつもりは一切ない。陛下にもないだろう、と勝手ながら考えていた。


 陛下からは幼い頃から、従兄であるエト王太子を支えてやって欲しいと言われてきたし、ステフェンもずっとそうするつもりで励んできた。が、噂のせいで当の殿下からは腫れ物に触るように距離を取られているし、従姉であるコルネリア王女からは蛇蝎のごとく嫌われている。


「俺はステフェンと話せて嬉しいけどな。家族にも今日は帰らないと伝えてもらってるんだ。いくらでも話は聞こう。なんならまた昔みたいに同じベッドで寝ようか?」


 悪戯っぽく言われて、ステフェンは笑う。


「客間はいくらでもある。わざわざ狭いとこで寝る必要はないな」


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