第七章(4/11)
「こんなことを聞いて良いのかわからないんだけど……ソルは王都に行こうと思ったことはないの?」
思いきって聞いた言葉だったが、ソルが気を悪くしたようには見えなかった。彼は全く悩んだ様子もなく、当然のことのように言う。
「王都に行って貴族にならないのかという質問なら、考えたこともない」
だが、王都ではお金にも食べ物にも困ることはないし、広くて綺麗な屋敷に住んで高価な衣装を身につけることができる。ソルほどの魔術師であれば国でも重要な役職につくことができるだろう。貴族でない人間が魔術を使えた場合、貴族になるという『名誉』が与えられる。
そう当然のように考えていたが、それを本当に名誉と考える人間ばかりではないということだ。ソルのような人間が多数なのかどうかは知らないが、生まれてほとんどを王都で過ごしたレイナの考えが、貴族よりに偏っていることは間違いない。
「ここの暮らしが気に入っているから? それとも王都にいる人たちのことをよく思っていないから?」
「別にここでの暮らしにいいところなんて一つもないが、俺はこっちに生まれたからな」
彼のその言葉は、王都に生まれたレイナを意識したものだろうか。
貴族に生まれて魔術を使えないレイナも、王都の外で生まれて魔術を使えるソルも、どちらも本来いるべき場所に生まれてはいない。それが不幸なことかどうかは判断できないにせよ、生まれた環境が今の自身に大きな影響を与えていることは間違いない。
「レイナは貴族を憎んでいないのか?」
アレイスと同じことを聞かれ、レイナは首をかしげてみせる。
それは貴族たちのことを憎んでいたという、彼の母親のことを意識した質問なのだろう。彼女は王都を憎んでいた。そしてその憎しみを胸に秘めるだけでなく、貴族たちを打倒しようとしている組織に自ら近づいてまで、貴族に対する復讐を果たそうとしたのだ。
そんな母に育てられたソルやアレイスは、そんな彼女の思いを継いでいるのだろうか。ソルは王都を倒すために集められている魔術師の一人なのだし、アレイスも思いはどうであれ王都と敵対していることは間違いない。そんな彼に、レイナの想いを言っても良いものかとしばし逡巡する。
だが、なんとなく彼に嘘をつく気にはなれなかった。レイナは慎重に言葉を口にする。
「王都には私の家族もいるし、友人たちもいる。もう二度と会うことはないかもしれないけれど、私にとっては大切な人たちなの」
レイナの言葉に、彼は少しだけ瞳を揺らした。
夜の湖のように青みがかったグレーの瞳は、さざ波のようにゆらと揺れてから、やがて光をはじく暗い湖面のように止まった。それから軽く肩をすくめた彼の仕草は、アレイスのものとよく似ていた。
「そうか。憎まずにいられるってのは幸せなことだな」
「アレイスにも同じことを言われたわ」
そういうと、彼は少しだけ笑った。
そんな笑い方もアレイスそっくりで、やはり兄弟なのだと思った。楽しげなものであること間違いないのだが、心の底にある本音をのぞかせない、ある意味で鎧のような笑みだ。
「ソルは貴族を憎んでいるの?」
アレイスならこう聞いても答えなどしないだろう。だが、ソルは思いがけずに即答した。
「いいや」
「それなのに貴族たちを倒そうと思ってるの?」
「いいや」
彼の否定に、レイナは首をかしげる。
アレイスの話を信じるのなら、ソルたち魔術師は王権を打倒するためにこの村で育てられているはずである。何かレイナの認識や捉え方に違いがあったのだろうか、と考えていると、彼は言葉を続けた。
「母の望みを俺の手で叶えてやりたいと思っていた時期も、確かにあったけどな。今となっては、俺一人が手を貸そうが貸すまいが、遅かれ早かれ貴族たちは倒れる——と思ってる」
思いがけない言葉に、レイナは思わず声が出る。
「貴族たちは倒れる、ですって?」
「俺の考えだ。明日なのか何十年も後なのかは知らないが、いずれは魔術師だけ国を治めるなんて歪な構図は正される、と俺は思う。建国からおよそ二百年。よくここまで保ったと思うが、実際には魔術師たちは国を制御できてなどいないし、そろそろ限界だろうな」
魔術師たちは国を制御できてなどいない。
そんなソルの言葉がぐさりと胸を刺して、レイナは息を飲む。
王都を出る前に聞かされた言葉であれば、何を馬鹿なことをと笑い飛ばせただろう。だが、今のレイナにはそんなことはできやしなかった。他ならぬレイナ自身が、王都がさほど機能していないのではないか、と考えたばかりだったのだ。




