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第七章(2/11)


 急にソルが速度を落とすのが見えて、レイナは我に帰った。

 レイナの後ろを走っていたアレイスが、どうした、と声を上げる。


「レイナ。太陽の涙」


 彼は何もない地平を見つめていた。瞳の焦点の合わないようなその表情は、レイナにとっては見慣れたものだ。彼ら魔術師は、レイナたちの見ている世界とは全く違う世界を見ている。精霊を見るためには少し視界を変える必要があるらしいから、彼は馬に乗りながらも道中、レイナのために精霊を探してくれていたのだろうか。


 ソルに手を出されて、レイナは首から下げていた石を彼に手渡す。アレイスが聞いた。


「いきのいい精霊()でもいたのか?」

「ああ。風の民(シルヴェストル)でいいか」


 聞かれて、レイナは頷く。

 精霊を捕まえられるかどうか、というのは魔術師と精霊の相性があるらしいが、太陽の涙に閉じ込められた精霊を使うだけなら火でも土でも水でも風でも大差ない。が、使い勝手が良いのはやはり風だ。水は単純に攻撃するには向かないし、火は周囲への影響を考えてしまう。彼もそれを考えて、風を探してくれたのかもしれない。


「あなたの風の民(シルヴェストル)は何?」


 レイナの質問に、ソルは怪訝そうな顔をした。質問の意図がわからなかったのだろうか、と思ってレイナは聞き直す。


「ソルには何に見えてるの?」


 以前、太陽の涙に同じように風の民(シルヴェストル)を閉じ込めてくれたステフェンは、風の民(シルヴェストル)は美しい妖精の姿に見えていると言っていた。


 ソルはレイナの顔をちらりと見てから、虚空に視線をやる。


風の民(シルヴェストル)、降れ」


 彼は短く呟く。


 彼は何かを確かめるように、手の中で石を転がした。だがレイナから見ると何の変化もなく、あまりにあっさりとしたものである。人によっては小さな精霊を捕まえるのも一苦労なのだが、彼は呼吸をするように自然にそれをやったようにしか見えなかった。


 レイナは彼から手渡された石を見る。


 琥珀色の石は、精霊が入る前も入った後も何も変わらない。本当にそれが使えるかどうかなど、精霊を閉じ込めたソルにしか分からないのだ。彼が嘘をついている可能性もないわけではないのだが、何となくそんなことはないだろうと思っていた。


 礼を言おうとすると、その前に彼が言った。


「白い狼だ」

「え?」

風の民(シルヴェストル)。俺には白い狼に見える」


 狼。


 これまで狼に見えると言っていた魔術師は周りにいなかった。小人だったり妖精だったりと、何らか人の形をとっていることが多い気がしていたが、それに比べると狼というのはいかにも攻撃的で力に直結するイメージだ。

 別に精霊の姿が何であれ魔術の力や質に関係はないのだが、レイナが太陽の涙を使う時には精霊の姿をイメージすることが多い。


「狼。頼りになりそうね」


 にっこりと笑うと、彼はどんな顔をして良いのかわからないような顔をしてから、視線を逸らした。


「こんなものでよければいくらでも捕まえてやる。……もちろん、使わないにこしたことはないがな」

「私も使うつもりはないけど、でも、持ってるだけで随分と気分が違うわ」


 レイナはそう言って鎖を首からかける。

 周囲への影響や他人の目があることを考えると気軽に魔術など使えるわけがないが、いざというときに何か手があるのとないのでは心持ちが違う。


 ありがとうというと、彼は途方に暮れた子供のような顔をして、頷いた。





 日が地平に落ちるのと、ソルの住む村に着くのとはほとんど同時だった。

 はるか地平で半身を隠した赤い太陽は、小さな村の家々を黒く浮かび上がらせていた。夕暮れ時というのもあるのかもしれないが、静かな村だと思った。外を歩いている人の姿は見えないし、ぽつりぽつりと建っている家からも、ほとんど音や声が漏れ聞こえてこない。だが、人はいるのだろう。明かりが灯されている窓もあったし、夕飯の匂いのする家もあった。


 最後に見かけた村はどこだっただろう。魔術師たちが隠れ家にしているというだけあって、確かに人里から離れてはいる。だが、深い山あいというわけでもなく、周囲を森や林などで囲まれているわけでもない。建っている家の数もそれなりに多そうだから、存在自体が秘密というわけではないのだろう。目立たない地方の村に、魔術師が身を隠しているというだけなのだ。


 アレイス達が向かった小さな家は、道中で見た崩れかけの荒屋と大差のないように見える、年代を感じさせるものだった。レイナは彼らの真似をして家の裏にある木に馬を繋ぎ、地面に足をつく。ずっと馬上にいたから、地面の感触が心地よい。ふわふわと感じる足でアレイスの後ろをついて行っていると、彼は急に足を止めた。


「ソル、レイナを頼む。もう遅いから家から出すなよ」


 思いがけない言葉にレイナは驚き、ソルも不可解そうな声をあげるのが聞こえた。


「頼むって、あんたはどうするんだよ」

「長老のところに行ってくる。俺に話があるんだろ」

「今からかよ? あの爺さんならもう、頭から酒でも浴びてる頃だろうよ」

「ちょうどいいだろ。素面のじじいとまともに話なんかできるか」


 彼はそういうと、また明日、とひらりと手を振った。そのまま歩き去ろうとするアレイスに、思わずレイナは声をかける。と同時にソルも同じような声を出していた。


「ちょっと待って」

「何だよ」


 アレイスは振り返ったが、何だよと言われても何を答えればいいのかわからない。二人きりにしないでと言いたいところだが、それをソルがいる前で伝えるのも気はひけるし、ソルの方もそれは同じだったのだろう。何かを言いたそうに口は開いたものの、彼も続く言葉を発しなかった。

 アレイスはそんな二人を見比べてから肩をすくめる。


「そんな狭い家で三人も寝られないだろ。俺はそのまま長老の家で快適な客間でも借りる」


 アレイスはそう言うと、ソルを指差してレイナを見た。


「こいつは王都にいる連中と一緒で、魔術だけでなく剣や武術も一通りは叩き込まれてるからな。寝首をかくつもりなら、返り討ちにあわないように気をつけろよ」

「……どんな心配してるのよ」

「お前はいくら女に飢えてるからって、人の女に手を出すなよ——というか、それはそれで返り討ちには気をつけろよ」


 そんな兄の言葉に思いきり顔をしかめたソルを見て、アレイスは笑いながら手を振った。


「お互い忠告はしてやったから、せいぜい無傷で仲良くやってくれ。朝には戻る」


 彼はそういうと、今度こそ本当に振り返らずに歩き去った。


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