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第七章 魔術師たちの栄光と斜陽(1/11)


 メルムという村に一番近いという町まで乗合馬車で移動した。慣れているのか、アレイスは町に着くなりどこからともなく馬を三頭ほど調達してくる。村の場所は地元の人間にもほとんど知られていないこともあり、歩くか馬に乗るかしかないらしい。ちなみにラウはアレイスの予想通りいかないと言ったので、ソルと出会った宿舎にそのまま残してきていた。


「聞くまでもないとは思うが、馬には乗れるのか?」

「乗れるわよ」


 そういうと彼はなぜだかため息をついた。レイナが乗れる前提だから馬を三頭用意したのだろうに、何が不満なのだろうか。何よ、と言うと彼は馬の背を叩きながら言った。


「乗れないなら俺が抱いて乗せてってやるんだが」

「馬鹿なことばっか言ってんなよ。夜までに村に着かないだろ」

「別にあんな村まで急いじゃいない。今日中に着くかより、いかに楽しく行くかが大事だろ」

「あなたの馬に乗せてもらっても、私は別に楽しくも嬉しくもないわよ」


 ソルとレイナの言葉に、アレイスは眉を上げる。


「可愛くねえやつら」


 彼はそう言うと、さらりと馬上に跨る。そうしたさりげない動きも馬に乗った姿も、随分と様にはなっているのだが、いかんせん口から出るのは格好良いと思わせるものからは遠い言葉ばかりだ。


 レイナがソルと顔を合わせると、彼は少しだけ苦笑いするような顔をして馬に乗る。初めて会った時には嫌われているのかと思うほど全く目も合わさなかったのだが、ここに来るまでの間で慣れてくれたのか、だいぶ顔も見てくれるようになったし、レイナと普通に話もしてくれるようになった。


「レイナもあんなのに付き合わされて大変だな」


 心底、同情するように言われて、レイナも苦笑する。

 同情するということは、アレイスのような人間を兄に持った彼もやはり苦労しているのだろうか。


 そうでなくともきっと、ソルはこちらでは異端である。二つの村を合わせて十数名の魔術師がいると言っていたが、魔術を使えない人間の方が圧倒的多数であることは確かだろうし、苦労はするだろう。ちょうど王都にいたときのレイナと逆の立場である。そう考えると奇妙な親近感はあった。レイナも、周りの人間たちに恵まれてはいたが、やはりそれなりの苦労はあった、と思う。


 先頭を走るソルの背を追いながら、レイナは馬を駆る。村までは遠いようだから、馬を疲れさせないように速度を抑えているのだろう。レイナは軽く走らせながら、流れていく周りの景色を眺めていた。



 見渡す限りの畑——という景色はすぐに失せ、町から離れるほどに徐々に荒れた土地になっていった。畑の緑の面積が減り、土が枯れ、道がひび割れる。そんななかで倒壊寸前としか思えない荒屋が並ぶ集落があった。廃村かと思いきや、少なくはない人々の気配がする。活気は全くない。中には道端でうずくまっているように見える人もいて、レイナは眉を寄せる。


 周囲の土地を見ていると村人を養えるほどの作物が採れるとは思えない。商業や工業で栄えているようにも当然見えない。どうやって暮らしているのだろう。働ける人間が遠くの町まで出稼ぎにでも行って、村の人間を養ってでもいるのか。


 これまでレイナは排他的なイメージのある小さな村を避け、人の多い町にいることが多かった。町外れに貧しい身なりの人たちが溜まっていることはあっても、こんな見るからに貧しそうな場所はなかったのだ。


 飢えて死ぬとわかっている人間に死刑などなんの意味がある、と以前アレイスは言ったが、それはきっと比喩でも何でもないのだろう。食うに困るほどの絶対的な貧困を前にすれば、法など意味を持たない。人から奪うことでしか生きられないのであれば、治安が良くなるはずがないのだ。

 

 が、そもそも国や領主、主管たちによる法の取り締まりなど、王都を出てから感じたこともない。同時に、施政者たちによる施しや恩恵を感じることもなかった。レイナの目に見えないところにそれらはあるのか、手は尽くしているが圧倒的に力が足りないのかは分からない。


 一方で物流には関税がかかっているはずだし、商売をするにせよ農業をするにせよ王都に搾取されるものはあるはずだ。レイナの両親や他の貴族の大人たちが、金銭や衣食住に関する物を産み出しているところなど見たことがない。国民から税を搾取しなければ、そもそも王都の生活が成り立たないはずなのだ。


 これでは何のために王都が存在するのか分からない。


 王都を出て間もないレイナでもそう思うのだから、ここで生まれてここに暮らす大人たちがそれを考えないはずはない。なんにせよ、恩恵など全く感じられないそれらを倒すことで、現状を大きく変えたいと思っている国民が一定数いるということは、レイナにも理解できる。


 そんなことを悶々と考えているうちに、気づけば家々もとうに失せ、乾いた砂が舞い上がる、草木の見えない赤い大地が広がっていた。


 生き物の気配を感じさせない土地。王都から追放され、レイナが最初に置かれた場所も同じような場所だった。どこまでも続く、何もない地平。あの時の圧倒的に虚無な景色に押しつぶされるような気分を思い出し、胸の中に砂が詰まっているような気持ちになった。


 わざわざあんなところに落としていくのは何故なのだろう。


 まるで罰のようだ、と思う。魔術師としての力を与えられなかったことが、レイナの罪だったのだろうか。いよいよ一人になって、今後は一人で生きていかねばならないと覚悟をして、最初に見せられる景色があれなのだ。自分以外の人間どころか、息をする生物すらいないのではないかと思わせるような、圧倒的な孤独。


 アレイスの母親は、王都を憎んでいたという。


 貴族に対しての復讐心というのはどこで産まれたのだろう。王都にいた頃から蔑まれていたからなのか、それとも王都を追放された後に芽生えたものなのか。荒野に置き去りにされて遠くなる馬車をただ見つめている瞬間——あの時なのだとしたら、なんとなく、その気持ちもわかるような気がして悲しくなった。


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