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第六章(10/11)


「入れてもらってもいいの?」


 私に新しい武器を与えてもいいのか、という意味で聞いたのだが、彼はその言葉をどう取ったのか、怪訝な顔をした。


「空っぽで持ち歩く意味なんかないだろ」


 たしかに空っぽで持ち歩いたところで、いざという時に魔術を使うことなどできやしない。そういう意味では、持っていることに意味などない。だからこそアレイスは、簡単にそれをレイナに返してくれたのだと思っていたのだ。王都の外で精霊を操ることができる人間に会えるなんて思っていなかったから、二度と使うことはできないはずだった。


 が、レイナはそれを外さず、ずっと首からかけている。

 深い意味はない——と思ってはいるが、なんとなく外せないのだ。それは友人(ステフェン)からもらった大切な石であり、同時に魔術が根付く王都との繋がりを感じさせる石である。気づけば、無意識のうちにその琥珀色を見つめているときがある。


 王都を出る時には、全てを過去のことにしようと思っていたし、実際に外に出てからは生きていくことに精一杯で王都にいた時のことを思い返すことなどなかった。


 だが少し落ち着いた生活を送れるようになった頃から、痛みを帯びた記憶が蘇ることがある。それは王都を出ることなんて想像もしていなかった幼い頃の、家族との幸せな時間だったり、友人たちと笑っていた時間だったりして、そんな時にはこの世界に一人だけ取り残されたかのような、そんな途方にくれた気持ちになる。


 小さな棘が刺さったような感覚を覚えながら、レイナは苦笑した。


「……たしかに空っぽで持ち歩く意味などないわね」


 アレイスが言った言葉を繰り返した。


 詳しい事情は知らないにせよ、彼もレイナにとってそれが大切なものだと察しているのかもしれない。嫌ならいい、と言ったのは何となく彼の優しさであるような気がした。


 そもそも彼が、レイナに力を与える必要などないのだ。実際にレイナが、太陽の涙による魔術を使って誰かを撃退したとしたら、魔術師を秘している彼らは困るに違いない。その危険を冒してまで、レイナに太陽の涙を与えてくれるというのなら、やはりそれは優しさやレイナに対する配慮以外の何物でもあるまい。


 これまではアレイスの狙いが全く見えなかったため信用ができなかったのだが、彼がレイナを助けたことに何の狙いもないのかもしれないと思うと、途端に彼に対する印象が変わった。


 なぜだか少し胸がぎゅっと痛くなる。


「でも、あなたから逃げ出す時に使うかもしれないわよ?」


 素直にありがとうと言えずにそんなことを言ってしまうレイナは、もしかしたらアレイスと同じ人種なのだろうか。思わず口をついてしまった言葉にレイナは内心で眉を寄せたが、彼は楽しそうに笑うだけだった。


「そんなもので逃がすほど間抜けじゃない」

「随分と自信があるのね?」

「まあな」


 彼の言葉がどれほど本音なのかはわからないが、本当に彼はそれを意に介していないのかもしれないとは思う。彼もレイナほどではないにせよ、ソルを通じて魔術に接していたのだ。貴族を前にしても魔術に怯えた様子もなかったし、レイナが太陽の涙を持っていたところで、無条件に恐れる必要はないはずだ。


 レイナは首から下げていた鎖を外すと、それをソルに渡した。


「お願いできる?」

 

 言いながら、少しだけ、ステフェンの顔が浮かんだ。なんとなく申し訳がないような気もしたが、ステフェンはそれに反対はしないだろう。彼ならレイナ自身の身を守ることを一番に考えろと言うだろうし、いざという時に敵に対抗できる手段は、いくつあっても多すぎるということはない。


 ソルはレイナから受け取った石を手のひらの上で転がし、何がいい、と言った。


「何が?」

「水か土か風。近くに火の気はないから、火の民(ザラマンデル)を捕まえるなら別の土地にいく必要がある」

「おすすめは?」


 聞いたのはアレイスだ。ソルはレイナではなくアレイスを見た。


「おすすめは、村に帰ることだな」

「ここにはいないのか?」

「全くいないわけじゃ無いが、近くにでっかい主がいるからな。そこそこ良いのを捕まえるなら、村で土の民(グノーム)を探すか、途中で風の民(シルヴェストル)を探す方が良い」

「その主は捕まえられないのか?」

「さあね。試してみてもいいが、もしその石に閉じ込めたとしても使うのは大変だぜ? ちゃんと制御できないと、周囲の人間や建物が丸ごと消えてもおかしくない」


 それを聞いて、レイナは慌てて首を振った。そんな大物をレイナに制御できるわけもないし、いざと言う時に近くにいる関係のない人々の身を案じなければならないのはつらい。


「別に急がないから、いつか捕まえてくれる?」


 レイナがそういうと、ソルはこちらに太陽の涙を返してきた。ありがとう、と笑顔を向けると、彼はますます妙な顔をした。


「ソルは強いのね」

「え?」

「そんな強い精霊も、使役できるかもしれないんでしょう?」


 他の精霊を散らしてしまうほどの力を持つ精霊を使役するのは難しい。レイナは魔術を使えないが、そんなことができる魔術師は王都でも重宝されるのを知っている。


 そう考えて、改めてソルの存在を思う。


 彼は本来なら王都に行って貴族としての将来を保証されるはずの存在だ。血筋や家柄もそれなりに重要だが、魔術師としての力さえあれば、国の重要なポストにつくことも可能なのだ。

 だが彼はそれを捨てて、王都と戦うことを選んでいる。——いや、選ばされているのか。母親が貴族に対する憎しみを抱いており、そうした組織の中にずっと組み込まれているとすれば、自分の意思で選択することなどできないだろう。


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