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第六章(9/11)


 レイナがこれまで助けてくれたことに対する礼をいうと、アレイスはあからさまに嫌そうな顔をした。彼は顔を顰めていたが、レイナの視線を受けると今度は面白そうな顔になる。


「感謝なら、言葉以外のもので示してもらいたいものだけどな」


 彼らしい言葉だ、と思える程度にはアレイスのことがわかってきた。素直に礼を言われるのは嫌なのだろう。レイナは少しだけ息を吐いてから言葉を返す。


「いつかアレイスがその辺で行き倒れてたら、水くらいあげるわよ」

「口移しで?」

「明日にでも死んじゃうのなら考えるわ」

「人間は誰しも明日死ぬ可能性はあるからな」


 彼はそう言って笑うと、何を思ったか部屋を出ていった。


 先ほど紹介されたばかりの彼の弟(ソル)と急に二人きりになり、気まずい空気が流れた。レイナが彼に視線を向けると、こちらを凝視していたらしい彼は慌てて視線をそらす。嫌われているのか——レイナの見た目が物珍しいのか。そう考えたが、よく考えると彼の母親も元貴族である。レイナと同じような髪や肌の色をしていてもおかしくはない。


 そんなことを考えているうちに、すぐにアレイスは戻ってきて椅子に座った。同じように立ったままだったソルがそれを見て座ったので、レイナも近くにある椅子を引く。部屋の外からアレイスの「喉が渇いた」という声が聞こえていたから、彼は飲み物を頼みに行ったのだろう。


「近々、ソルのいる村に行くぞ」

「ソルのいる村って?」

「魔術師たちがいるところだ。今は何人いる?」

「メルムには俺を入れると十一人だ。他にはルシオラに六人だな」


 貴族たちに属さない在野の魔術師が全部で十七人。それはレイナが思っていたよりもずっと多い。


「私も行くの?」

「行きたくなければ残ってもいいが、見物するなら来てもいい。ラウは残るだろうな」


 どうする、と聞かれて、レイナは考える。


 魔術師たちを集めている組織がある、と聞いた時には、得体の知れなさから恐ろしくて不穏な集団をイメージしたが、目の前のソルを見ているとそんな雰囲気は感じられなかった。彼はこちら側で一番の魔術師だと言った。だが、アレイスの弟ということもあるし、レイナと同じくらいの年だということもあり、外見からはどう見ても悪い人には見えないのだ。


 見物、というくらいだから危険ではないのだろう。


 が、今更かも知れないが、彼らの秘密に深入りするのは危険なのではないかという思いはあった。彼らはどうやら、今の王族貴族たちを倒すために動いているらしい。レイナがそれに賛同できない以上、反体制の協力者だと見做されるのは、困るような気がする。アレイスがレイナに何かしらの協力を強いることはなかったとしても、彼の周りにはきっと、レイナのことを貴重だと考える人間は多くいるのだ。


 レイナは少し悩んだが、魔術師(ソル)たちが隠れて暮らしている場所を見てみたい、という好奇心が勝った。どうせ、逃げ出さないかと監視されている程度には、既に知ってはいけない情報を知っているのだろう。それに、ソルと一緒にいればアレイスのことを知れるかもしれない。アレイスが何かを企んでいるにせよいないにせよ、レイナを庇護してくれている彼のことは、もっと知っておくべきである気がしていた。


「行ってもいいなら行くわ」

「あんなところ見物しても、何も面白くはないと思うけどな」


 そう呟いたソルを見ると、彼はレイナの視線を受けて僅かにたじろいだ。


 彼はやはり、レイナと視線を合わせるのを避けているように見える。変わったやつだから気にするな、とアレイスは言ったが、彼はアレイスと話しているときにはいたって普通の人間に見えるのだ。極度の人見知りだったりするのだろうか。出会った時からやたらと距離の近いアレイスの弟にしては意外だが、彼ほど図太い人間もそうはいるまい。


「どんなところなの?」


 レイナが聞くと、ソルはテーブルに乗せた手元に視線を落とした。しばらくなにかを考えているようだったが、ようやく一言だけ答えがある。


「……何もない、ただの枯れた村だよ」


 レイナはそれ以上の言葉が続けられないのをみて、今度はアレイスを見る。黙ってしまったソルを見て、アレイスは呆れたような顔をした。


「おい、ソル。言語能力が死んだんなら、暇つぶしに精霊でも捕まえてくれ。太陽の涙がある」

 

 彼はそう言って、レイナを示した。


 レイナは一つ瞬きをしてから、首元の鎖を引き、服の中に隠していた琥珀色の石を取り出す。親指の先よりも少しだけ大きなそれは、つるりとした透明なもので、雫のような形をしている。別に磨いたり細工したりしているわけではない。不思議なことに大抵の石は元々こうした雫型らしく、太陽の涙、という名前はこの色や形から取ったのだと聞く。


「これのこと?」

「ああ。嫌なら別にいいが」


 嫌なら、と言われてなんとなくレイナはその石を握り込む。ひんやりと冷たいそれは、手のひらで包むとじんわり温かくも感じるから不思議だ。


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