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第六章(7/11)


 アレイスは、なんだかんだと言っても紳士的ではあった。

 床ででも寝てろと言って本当に床に寝袋のようなものを放られたのは一日目だけで、それ以降は寝台をレイナに譲ってくれて自分が床に転がっていたり、レイナに対する監視はどこに行ったのかふらりと姿を消すこともあった。


 同じ部屋で過ごすことに不便さを感じないでもないが、別に近づいて来るわけでもなかったため、別の生物と思うようにすればさほど気にもならなくなった。ふらりと部屋から出て行ったり、シーツだけを抱いて床で丸まって眠っている姿は、さしずめ大きな猫といったところか。


 それに同じ部屋にいると、色々な話が聞ける。


 彼に拾われてから随分と経つが、彼はほとんど出かけていたり眠っていたりとまともに会話をする暇もなかったのだ。相変わらず彼に関する話は秘密と言われてしまうが、それ以外の話なら聞けば教えてくれる。彼はなんでも詳しく知っていたし、こちらの世界の話を色々と聞けるのはとても有難かった。王都にいた頃に想像もしていなかった現実も多く、話を聞いていて苦しくなることもあるのだが、何も知らないよりはずっと良いはずだ。

 

 そしてアレイスの顔を見飽きた時には、ラウの部屋に行っても別に怒られやしない。そういう意味では、彼はラウのことは信用しているのだろう。ラウも別にレイナがいようがいまいが何も気にならないようだった。日がなぼうっと外を見て過ごしており、レイナが話しかけた言葉にも気が向けば答えてくれる。


 そんな、ある意味で貴重だった生活は唐突に終わりを告げた。イグニスに来て十日目の朝に、アレイスは移動すると宣言するなり町を出たのだ。荷造りも何もないため、本当にすぐに建物を出ることになった。


「もう行っちゃうんだ。レイナとは色々お話ししたかったんだけど」


 そう言って見送りに来てくれたヘイスベルトは、なんとも言えない微笑を湛えていた。


 彼はルドという人間がトップにいる組織の幹部らしい。


 本当かどうかは知らないが、とアレイスは前置きした上で、ルドは魔術師が人間たちに反旗を翻したときに、玉座を追われた王家の血筋であり、ヘイスベルトはそのルドの子供なのだと言った。世が世なら、彼は王子であったのだ。そして本当の話なのだとしたら、彼らは、魔術師がこのカエレスエィスを建国した二百年以上も前から、いつかその座を取り返そうと虎視眈々と狙っているということになる。


 貴族たちは、そして王家はそれを知っているのだろうか。


 少なくとも子供だったレイナは反対勢力がいることも知らなかった。歴史的には何度か民も反乱を起こしているし、貴族たちの間でちょっとした小競り合いが起きたりすることもある。が、せいぜいそんなものだと思っていたのだ。こんなにはっきり、王家を打倒しようとしている勢力がいるとは想像もしていなかった。




 アレイスに連れられてきた新しい町は、またイグニスと同じように活気のある町だった。彼は一件の建物の中に入っていった。ここはヘイスベルトたちがいた場所とは違い、正面のドアには鍵もかかっておらず、中に入れてくれる門番のような人もいない。アレイスは自分の家に帰るように無造作に足を踏み入れた。


 こちらを見てなぜか驚いた様子の若い男に、アレイスは首を傾げる。


「ソルは?」

「あれ、随分と早かったですね。彼なら朝から出かけちゃったみたいですよ」


 ふうん、と言った彼は特に気にした様子もなく、階段を登って行った。レイナは男の人ににっこりと会釈をしてからアレイスに続く。


「人に会いにきたの?」

「ああ。あとでレイナにも紹介してやる」


 紹介する、とは珍しい。

 これまで紹介してもらったのはラウくらいのものだった。どんな人なのかと聞こうとするレイナを制し、アレイスはレイナを部屋に押し込んだ。そのまま出ていこうとしたアレイスに、レイナは首を傾げる。


「アレイスと同じ部屋じゃなくていいの?」

「なんだ、俺がいなくて寂しいのなら同じベッドを準備するが」

「そんなのカケラも考えたことないけど、もう私のことを信用してくれたってこと?」

「この部屋には鍵がかかる」


 ドアの鍵を回しながら言ったアレイスに、レイナは苦笑する。部屋の窓を見ると、たしかに逃走防止用にか格子が嵌めてあった。準備のいいことだ、と思う。どこの町の建物にでも同じような部屋を用意しているらしい。


「別に今さら逃げ出したりしないわよ?」

「まあ、一緒の部屋に寝てても俺の寝首をかきには来ないってことは理解した。いくら待ってても夜這いに来てくれないってこともな」

「……特にその後半の部分を理解してもらえたのなら何よりね」

「むしろ同じ部屋にいるのに俺が夜這いもかけないっていうのは、あんたは自分の女としての魅力を疑ったらどうなんだ?」

「それって、もちろんお互い様の台詞よね?」


 にこりと形だけの笑顔を向けて言ったレイナに、彼は楽しそうに笑った。


「俺は別に自分の男としての魅力をカケラも疑っちゃいないからな。レイナの見る目がないことは、別に俺の落ち度じゃない」

「幸せな人ね」

「よく言われる」


 彼はそう言うと、本当に部屋に鍵をかけて外に出て行った。


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