第六章(5/11)
++
路地に入り込んでしまったことにより一時、自分の居場所を見失ってしまった。何の店も見えず、ただひたすらに住宅地らしき建物の立ち並ぶ道を歩いていると、今日のところは寝床に帰ろうかという気になった。別に外に出た目的もあるわけではない。目印となる近くの建物の場所を尋ねながら、宿舎へと戻る。
あそこでは、寝る部屋だけでなく頼めば食事も準備してくれる。
こちらの素性も知らず、金さえ払わずにどうすればそんなことが出来るのかは知らないが、どうやらあの場所を知っている時点でアレイスの仲間か、何かそれに関する人間か、ということになるらしい。敵が味方のフリして訪ねてきたらどうするんだと言いたいところではあるが、必要以上に会話をするのは厳禁らしいし、食事を与えたくらいで何がどうなるわけでもない、と言うことか。
建物に戻ったのはまだ日も高いうちだった。夕方まではどこかでぶらぶらとしようと思っていたが、思ったほど時間は潰せなかったらしい。
建物に入り食堂を通り抜けようとしたソルは、そこに思わぬ人を見つけて目を丸くする。
「よお」
顔を合わせるのは数ヶ月ぶりだろうか。テーブルのせた片手で頬杖をつきながら言ったのは、ソルの待ち人であるアレイスその人だった。
長身で均整のとれた体つき。どこがというわけではないが、なんとなく目を惹く容貌と明るい髪色。女にモテそう、というのは彼にとっては良いことかも知れないが、歩いているだけで自然と視線が集まる、というのはあまり喜ばしいことではない。顔を覚えられやすい、というのも場合によっては命取りになるのだ。彼自身もそれを分かっているのだろう、衣服など身につけているものはほとんど主張するところのない地味なものだ。
彼は相変わらず気怠そうな顔をして、目の前に置かれたグラスを弄んでいた。
「いくら何でも早すぎねえ?」
ソルがここを訪ねたのは昨日だ。昨日の今日ので、どこにいるかもわからない彼に伝言が届くわけがない。
「お前の行動なんてなんでもお見通しだからな」
「意味わかんねえ」
「たまたま近くにいたんだよ」
たまたま、というのもどこまで本当か分からない。本当にソルの動きか村の動きを見張らせていたのだとしてもおかしくはない男である。が、そんなことを追求してもまともな返答などないだろう。
「なんだよ、もうちょっとここで遊ぶつもりだったのに」
「ご愁傷様。一緒に村に帰るぜ」
「あ?」
「どうせ長老の使いだろ。俺への呼び出しだ」
本当に気持ち悪いほどに何でもお見通しらしい。そんな男に向けて、ソルはふっとため息をついた。
「何でまた呼び出されるような騒ぎを起こしてるんだよ?」
彼自身が目立つ騒ぎを起こすことは稀だ。揶揄するつもりで言ったのだが、すかさずカウンターを食らった。
「お前の起こした騒ぎよりは遥かにマシだろ。ヘイスベルト達も火消しに躍起になってたぜ。長老たちもよくも今回、こんな危険人物を一人で村の外に出せたもんだ」
からかうような口調ではあったが、ソルは首をすくめる。
もちろん彼が言っているのは、町中で領主の息子だか何だかを魔術で吹っ飛ばしたことだろう。思ったほどには騒ぎになっていないと思っていたら、ヘイスベルト達、つまりはルドの組織が揉み消してくれたらしい。長老たちも、ルドに借りができてさぞかし臍を噛んだことだろう。いや、もしかしたら借りたのは長老たちでなく、目の前の男か。
「……あんたに何か迷惑かけたか?」
彼はコップの中の水を飲み干してから、べつに、と言った。
「あんまり馬鹿なことすんなと言いたいところだが、まあ人のことばかり言えはしねえからな」
「珍しく殊勝なこと言ってんじゃねえか。どっちのこと言ってるんだ? また貴族を拾ったことか、領主の息子に目をつけられたことか」
「両方だろ」
アレイスは短くそう言うと、空になったコップをこっちに寄せて、おかわり、と言った。
「俺は客だ。あんたが俺に茶くらい淹れろよ」
ここを拠点として使っているアレイスとは違い、ソルは何度か客として訪れたことのあるだけの場所だ。勝手などわかるはずもない。そう言うと、彼はつまらなそうにコップを指で弾いた。
「まあいい。レイナに会うか?」
「誰だよそれは」
「この流れで行けば分かるだろ。俺の新しい女だよ」
「はあ?」
なぜ俺がアレイスの女になど会わなきゃならない、と思ったが、いくら耄碌しようとアレイスがこんなところに女を連れ込みはしないだろう。この流れで、という言葉が示すとすれば、ただ一つ。
「……王都から来た女か?」
ソルの問いに、彼は何も言わずに肩だけすくめた。
彼が以前から連れているのが男だったので、なんとなくまた勝手に男を想像していた。
「女か……」
彼が拾ったという貴族になど何の興味もなかったが、女と聞けば会ってみたいような気もしたし、反対に絶対に会いたくないような気もした。アレイスはこちらの反応を見ているようだったが、やがて席を立つ。
「どうした」
「連れてくる」
まだ会うとは言っていない。
そうは思ったが、それを口にするのはなんとも情けない気がして言えなかった。彼はそのまま階段を登って行ったので、上の部屋で待たせていたのだろう。なんらかの話し声と、それから二つの足音が聞こえて、ソルはいやな緊張感を覚えていた。




