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第六章(4/11)

++


 町には一見、活気があった。

 通りに面した露店には、食べ物から衣服から宝飾品から様々なものが並んでいる。ソルはたまに声をかけてくる店主を適当にあしらいながら、あたりを見回す。だいぶ背が伸びたからだろう。以前は一人で道を歩いていても客引きの声などかからなかったが、今は商売熱心な店主に声をかけられる程度には大人に見られるらしい。


 人が多くて建物も多いような土地は、自然と火の気か土の気が強くなる。ここも例外ではないと思うのだが、予想に反して赤い狼の姿をした火の民(ザラマンデル)や黒い狼の姿をした土の民(グノーム)は少なかった。


 小さくて薄くしか見えない精霊は周囲の気を動かす力が弱く、大きくて濃い精霊は強い。魔術師は魔術を何もないところから生み出しているように見えるが、実際は周囲にいる精霊の力を借りているのだ。だから、当然ながら万能ではない。周りに精霊がいなければ話にもならないし、いたところで弱ければ攻撃になるほどの威力も出ない。だからと言って強い精霊は、使役できるかどうかわからない。


 ソルは道の真ん中に居座る大きな精霊を見ながら、そんなことを考える。


 触れるのではないかと思うほどにリアルな、本物の狼よりもはるかに大きな黒い狼だ。ヤツは腹を地面につけ、休むような姿勢でこちらを睥睨している。燃えさかる高温の炉を思わせる赤い眼に見据えられると、じわりと体が熱くなる気がした。


「随分と立派な土の民(グノーム)だな。どっから来た?」


 この町に前からいたのなら、ソルが来た時に気づかないわけがない。火や風ならともかく、土の民(グノーム)はあまり地を動くというイメージがなかったが、たまには例外もいるということだろう。


 ソルの声に、相手は何の反応も見せなかった。

 精霊に言葉があるのかは分かっていないが、こちらの言葉が通じることは確かだ。だから精霊を使役することができるのだし、話しかけると何かしらの反応を返してくれる精霊もいる。


「俺と勝負してみるか?」


 軽く言った言葉だが、それと同時にぞくりと悪寒のようなものが足元から這い上がって来た。寒いのか暑いのか、手のひらに汗がにじむ。地面が脈打つように蠢きだすのが見えて、それと同時に遠くの方にわずかに見えていた土の民(グノーム)火の民(ザラマンデル)の姿が消え失せた。強い精霊の支配下では、他の精霊たちは逃げ出してしまうのだ。


 ——そして場合によっては、魔術師も逃げ出すハメになる。強大な精霊を使役するためには、それを動かせるだけの力がいるのだ。そうでなければ、自身が精霊の力に飲み込まれる。


 ソルは片手を上げた。


「冗談だ。悪かった」


 使役できるか試してみたかった——という気持ちはあるが、だからと言ってこんな街中で魔術をぶっ放すわけにはいかない。しかもこんな大きな精霊を捕まえてしまったら、いくら加減をしたところで周囲の建物は軽く崩れ落ちるだろう。この町を壊滅させるために派遣されたのならば試してみる価値はあるが、単なる小競り合い程度なら放っておくのが身のためだ。


 目の前の相手は、ソルの言葉を受けてすっと興味を失ったようだった。そもそも精霊は好戦的な存在ではない。こちらが手を引けば相手も引いてくれることが多い。


「……!」


 途端に肩に衝撃を感じて、ソルはよろめく。

 咄嗟に目の前の狼を見るが、ヤツは顎まで地面につけて伏せている。敵意のようなものは全く見えず、すっかりとくつろいでいた。他の狼達は大抵こちらに睨みをきかせているのだが、彼のレベルになると人間の存在など無視できるらしい。


「おい、邪魔だ」


 気付いたら目の前に人がいた。二人組の大きな男は、一人は苛立たしげな顔でこちらをみており、もう一人は可笑しそうな顔をしている。立ち位置からして、ぶつかって来たのは苛立っている方だろう。往来の真ん中で立ち止まっていたのはソルの方だが、通れないほど狭い道でもあるまい。わざとぶつかってきたのだ。


「なんだ、前を見てなかったのか?」


 ソルが言うと、相手は驚いたような顔をした。


「あ? 前を見てなかったのはお前だろ。一人でぶつぶつと気色悪い」


 ソルは思わず笑う。

 精霊が見えていない人間からすると、確かに気持ち悪いのだろう。だが、ソルから見ると、大きな狼の前足の上で何も知らずにわめいている方が何倍も気味が悪い。


 ソルが笑ったことによって、男は頭に血が上ったらしい。いきなり殴りかかって来たので、慌てて後方に飛んだ。


「暴力はあんまり好きじゃないんだけどな」


 そんな物言いも相手のお気には召さなかったらしい。顔を赤くしている二人組を見て、さて、どうするかとソルは考える。ソルは今は武器を持ち歩いていない。素手で相手にするには、二人とも体が大きくてそれなりに骨の折れる作業になりそうだ。とはいえ街中で魔術を使うわけにもいかないし、そもそも今は魔術を使えない状況である。なにせここの精霊はほぼ目の前の土の民(グノーム)が掌握してしまっている。魔術を使おうと思うと、また彼との睨めっこ勝負に逆戻りだ。


 ソルは相手の体重の乗ったパンチをしゃがんで避けると、相手の空いた体に拳を入れる。それなりに手応えはあったが、体重が足らず、悶絶させられるほどではない。相手が距離をとったのを見て、ソルは回れ右をして逃げることにした。


 土地勘は怪しいが、逃げ足にはそれなりに自信があった。速さも、耐久力もだ。


 魔術師の本領というのは、遠くから逃げる余地もないほどに大きな魔術をぶちかますところにある。接近戦では必ず不利になるのだ。精霊を捕まえて、支配して、彼の力を使って魔術を放つ。それらを一瞬で行うことは出来ないし、そんな悠長なことをしている間に相手の拳は自分の体にめり込んでいるだろう。だから、とりあえず逃げて距離を取る、というのは剣や体術を修めるより重要なスキルではないか、とソルは思っていた。


 と言って、逃げ回ってばかりいるから、訓練をサボっていると言われてしまうのだが。


「おい、待て!」


 そう言われて待つ人間がいるのだろうか。


 ソルが小さな通りに逃げ込んでいくつか角を曲がる。行き止まりにでもなっていたらどうしようもなかったが、幸いどの道も他のいくつかの道と繋がっていた。適当に道を選んで曲がっていくと、いつの間にか背後にはもう誰もいなかった。


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