第六章(3/11)
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村から馬を借りて近くの町まで移動した。村はだいぶ僻地にあるため、一番近い町までも馬で一日かかる。馬がなければどこかで野宿をしながら二日か三日といったところか。そこで宿をとり、朝になったらそこから乗合の馬車に乗る。
悪路に揺られる大きな幌の中には、ソル以外にも定員ぎりぎりの十名ほどが乗っていた。うち一人は幼い子供を膝に乗せており、時おり楽しそうに笑いながらひそひそと話をしている。周りもそれを微笑ましく見ている様子で、それらを視界に入れながらソルは風の気の流れを心地良く感じていた。
馬車に乗るのも久しぶりであれば、村人以外の人間を見るのも久しぶりである。しばらくあの暗くて乾いて黒い狼とじじいばかりがいるあの村に閉じ込められていたのだ。その圧倒的な閉塞感に比べれば、景色の見えない満員の幌の中も、多少の揺れも全く気にならない。
——まあ、自業自得ではあるのだが。
謹慎させられる前の自分の行いを思い出して、ソルは苦笑する。
うっかり領主の息子に手が出た。
町の外れでデカい魔術をぶっ放していた頭のネジのゆるい魔術師を見つけ、思わず市中で魔術を使ってしまったのだ。彼が民家に向けて風の民を使役しようとしていたから助けようと思った、と言うのは長老に言った言い訳である。実際には、家に人がいるかどうかも知らなかったし、別に見ず知らずの人間を助けようと思ったわけでもない。
彼の使った風の民よりも大きな白狼——風の民が目の前に飛び込んで来たため、思わず名を呼んでしまった。咄嗟に放った魔術。だが決して慌てていたわけではない。自分の魔術が貴族相手に通じるのか試してみた、というのが本音のところかもしれない。もしくは単に自分が暇と力を持て余していたのか。どうやら頭のネジが弛んでいたのは、相手だけではなかったらしい。
相手は油断していたのだろう。街中に自分以外の魔術師がいるとは思っていないだろうから当然だが、彼は自身の魔術がより大きな魔術に消し飛ばされるのを呆然と見、そのまま風に体ごと吹っ飛ばされた。相手の術を見て多少は加減したため、大した怪我ではないはずだが、打ち所でも悪かったのか彼は起き上がろうとはしなかった。
起きるまで待っても厄介なことになるだけだろうから、とすぐさまその場を去ったのだが、当然ながら貴族を吹っ飛ばした魔術師は噂になったし、ソルは長老たちからこっぴどく怒られた。貴族が血眼になってソルを探していると言う話もあったということもあり、ソルはしばらく村での謹慎を言い渡されていたのだ。
とはいえ、そろそろ外に出てやろうかと思っていた。
口を塞がれた上でぐるぐるまきに拘束でもされていれば別だが、そうでなければソルを止められる人間などあの村にいない。あそこにはソル以外にも魔術師が何人もいるが、今のところソルを超える魔術師はいないのだ。別の村にいる魔術師もそれは同じで、それは自他ともに認めている。貴族に対抗しようと思っている魔術師達の中で、一番強いのは自分だ。
というのは、自負である。
と同時に、絶望的なことでもある。
ソルは母親らしい女性の膝に乗せられた子供を視界の端で捉える。自分も幼い頃は、自分が世界を変えてみせると思っていた。母親の語る夢を聞きながら、それを叶えられるのは自分しかいないと思ってもいた。が、いくらソルが力を持っていたとしても、一人に出来ることなど限られている。
それが分かっている程度には、もう子供ではない。
ソルが馬車でたどり着いたのは、この辺りでは一番大きな町だった。アレイスにコンタクトすることの出来る、村から一番近い町でもある。時間をかけるために他の街まで移動しても良かったが、どうせアレイスのいる場所など分からない。どの程度、待たされるかはヤツの状況次第なのだ。それならばどこにいても一緒だし、彼が現れるまでの時間潰しもこの町ですれば良い。
大通りから一つ外れた通りにある建物に入ると、中には一見、誰もいなかった。誰でも好きに出入りできると建物いうのはどうなのだろう。便利ではあるが、不審人物が入ってきても防ぐことはできない。
「誰かいないのか」
一階は食堂のようになっていた。中に入って声をかけると、ニ階から人の降りてくる音がする。降りてきたのはソルの知らない男だった。特に強くもなさそうな若い男は、こちらを見て不審そうな顔をする。
「アレイスに会いにきた。ソルが来たと伝えてくれれば良い」
男はそれを聞くと、慣れているかのように頷いた。
アレイスに会う手段はこれだけだ。
彼の拠点のどこかに行って、名を告げて彼に会いたいと言う。そうすれば、どこにいるかは知らないが相手の方からこちらに会いに来る。彼の居場所を聞こうとしても無駄だし、そもそも目の前の彼もそんなことを知りはしないだろう。彼は誰かにその伝言を伝えるだけだし、その誰かがまた誰かに伝えて彼のところに行くのだ。もし相手が怪しい人間なら、アレイスはその素性を調べ上げてから会いに来るのだろう。回りくどいやり方だが、確実ではある。
「部屋は使うか?」
「ああ。どうせ一日や二日では来ないんだろう」
ソルがいうと、分からないということだろうか。彼は肩だけすくめると、黙って空き部屋に案内してくれた。




