第六章 魔術師たちの世界と視界(1/11)
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「悪いな。遅くなった」
リュートはこちらを見回すなり、そう言った。
が、彼は時間に遅れるような人間ではないし、実際、約束の時間まではまだ少しある。彼以外の人間が早かったのだ。ステフェンの屋敷にある応接室には、すでにアレックスとユリウスが並んで座っていた。
リュートは彼らと向かい合うように、ステフェンの隣に腰をかける。
「待たせたか?」
「いいや。彼らも今来てくれたところだよ」
ステフェンがそう言うと、彼らは小さく頭を下げた。リュートが座ると、使用人が人数分の紅茶と茶菓子を持って来てくれた。顔見知りの使用人に対し、リュートは名前を呼んで礼を言う。彼はこの屋敷にいる使用人達の顔と名前をほとんど覚えている。
名前を呼ばれた使用人は若い女性、とはいえリュートよりはだいぶ年上だったはずだが、彼女はまるで恋人に名前を呼ばれたように顔を赤らめながら部屋を出ていった。ステフェンは彼女の足音が遠ざかるのを聞きながら、隣のリュートに声をかける。
「うちの使用人を誑し込むのはやめてもらえないか」
「ん? 名前呼ぶくらい別に普通だろ」
「リュートが帰ると、みんなあからさまにがっかりするんだ」
「ステフェンはいつも眉間に皺がよってるもんな。たまに笑ってやると彼女たちも喜ぶと思うけど」
リュートはそう言って自分の眉間を指で摘んだ。
あからさまに眉間に皺を寄せるフリをしてみせたリュートに、ステフェンは苦笑する。ステフェンもたまには笑いかけたり礼を言ったりしているつもりなのだが、リュートがやるほど彼女たちの心に響いているようには見えなかった。
ステフェンは二人のやりとりを困った顔で眺めていたアレックス達に軽く謝ってから、改めてユリウスに向き直った。ステフェンの三つ年下、というのがどの程度かわからないが、彼はアレックスよりも小柄だ。アレックスを見て周りより特別大きいと思ったことはないから、やはりユリウスは小柄なのだろう。
「わざわざ来てもらってすまない。用件はアレックスから聞いたか?」
「ええ……あの、王都の外の話が聞きたいと」
声は既に子供特有の高いものではない。落ち着いた声音に、大人びた深い黒の瞳。小柄で子供っぽい体つきの見た目からすると、少しちぐはぐな印象を持つ。
「そう。俺たちはまだ簡単に外に出られないし、外から来た人間の話を聞ける機会は貴重だ」
彼はこちらをじっと見る。その目に何かしらの警戒のようなものが見えるのは、ステフェンの考え過ぎだろうか。
あの日、ステフェンは陛下に呼ばれて一緒に食事をとった。
概ね和やかな雑談で進んでいったのだが、最後に一つだけ依頼されたことがある。それは『ユリウスに近づいておけ』というものであり、それをわざわざ若輩なステフェンに依頼するということは、同じ学舎で学ぶ子ども同士、ということなのだろう。詳しいことは何も教えてくれなかったが、ユリウスに注目しているということは陛下も何か引っかかるものを感じているのだ。
が、本当にそれだけだろうか、と勘ぐってしまう部分もある。ステフェンがレイナの存在を気にしていることは、陛下もわかっているはずである。王都の外を気にするステフェンを、そこから来たユリウスに近づけたことに本当に意味はないのだろうか。
——陛下に試されているのは、もしかしたら自分の方なのかもしれない。
「といっても、具体的に何が聞きたいというわけではないんだ。王都と何が違う?と聞いて一言で答えられるようなものでもないだろう。できれば今後も話ができる関係になりたいと思って、アレックスに紹介してもらったんだ。迷惑ではなかっただろうか」
ステフェンの問いかけに、彼は静かに首を横に振った。
「ありがとうございます。私の話などで役に立つことがあれば、喜んで」
「それなら良かった。アレックスも顔繋ぎのようなことをさせてすまないな。だが、彼も年上に囲まれると居心地が悪いだろうからな。できれば一緒に居てもらえるとありがたい」
はい、と答えたアレックスは真剣な顔をしていた。
実際、外から来た人間の話を聞けるのは貴重だ。王都にも魔術師でない使用人達もたくさんいるが、彼らのほとんどはここで生まれて育っている。
アレックスも少なからず彼に興味はあるのだろう、と思っていた。
学舎でもアレックスはユリウスと良く一緒に行動しているようだった。同じ学年、とはいえ、外から来た得体の知れぬ存在のユリウスを遠巻きにしている様子の同輩が多い中で、アレックスは良く彼の面倒を見ていると聞いている。そもそもレイナに似て面倒見の良い性格なのかも知れないが、少しは自発的にユリウスに近づいたところがあるのではないだろうか。
ステフェンも今後の仕事のために興味があるというのはもちろんだが、それ以上に今はレイナがいる外の世界の話が聞けるのはありがたい。




