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第五章(8/11)


「話が聞きたいのなら、その前にレイナに聞きたい質問がいくつかあるんだが」

「話をするのはいいけれど、この体勢じゃなきゃいけないのそれ」


 レイナが襟元を掴んだままのアレイスの手首を掴むと、彼は軽く肩をすくめてから手を離した。レイナは慎重に体を起こして、椅子に座る。乱れた服装を整えてから、どうぞ、と話を促した。彼はしばし考えているようだったが、やがて壁につけていた背を離した。あぐらをかいたまま、少しだけ前のめりになるような体勢で、こちらを見る。


「レイナは貴族の連中を恨んでいるようには見えないな」


 唐突な言葉に、レイナは目を瞬かせる。


「王都を追い出されたから、彼らを恨んで当然なのにって言いたいの?」

「どう捉えてもらってもいい。レイナは貴族を憎んでないのか?」

「あそこを追い出されたことについては、建国以来の決まりなのだし、別にあそこにいた誰かが悪いと思っているわけではないわ。不条理な制度とは思ってるけど」

「魔術を使えないことで、王都でもそれなりに苦労はしただろう。それに、王都の外がこれほどに荒れているのも、それによって王都を放逐されたレイナが苦しめられているのも、元をただせば貴族の連中が国を治められてないから、とも考えられる」


 確かに魔術を使えないレイナのことをあからさまに蔑む人間も少なからずいた。そして王都の外が荒れていることについては、確かにアレイスの言う通りで施政者たちの力不足なのだと思う。だが、それをもって貴族を恨む、という考えには結びつかない。

 そう答えたレイナに、彼は続ける。


「じゃあ王都の外の連中はどうだ? 外に出てからも良い思いはしてないはずだと思うが」

「さっきから連中、って一まとめにするけど、王都にも王都の外にも色々な人がいるわよ。貴族たちの中でも私のことを想って行動してくれる人もいたし、理解の出来ない行動をとる人もいた。ここでも同じでしょう?」

「どうだろうな」


 彼はそう言うと、少しだけ笑った。


「そう思えるってことはそれなりにレイナは恵まれてるのかもな。いくらいろんな人がいようが、全員が敵にしか見えない場合もある」


 恵まれている、なんてこれまで言われたことはない。魔術を使えないレイナは、王都ではたいてい可哀想という視線を向けられていた。それはそれで苛立ちがあったが、恵まれていると言われても困る。困惑と、それから僅かに苛立ちを覚えながら彼を見た。

 彼はレイナの顔に何を見たのか、軽く肩をすくめる。


「別に皮肉を言ってるわけじゃない。俺が知ってたやつは、自分を追い出した貴族ども全員殺してやる、って口癖のように言ってたからな。誰かを憎まずにいられるってのは幸せだよ」


 レイナは目を瞬かせる。


「自分を追い出した貴族、って……それって王都を追い出された人のこと?」

「ああ」

「ラウのことじゃないわよね?」


 彼は過去形でそれを語ったし、そうでなくてもラウがそんなことをいうとは思えない。憎んでいない、かどうかは知らないが、それをぽろりと口にするならともかく、毎日のように口に出すようなタイプには見えない。なんとなくラウから感じるのは、誰かに対する怒りや憎しみというよりは、彼自身に対する諦めだ。


「違うな」

「アレイスは他にも王都を出された貴族を知ってるの?」

「あんたら以外にあと三人はな。俺は顔が広いんだ」


 そんな言葉に息を飲む。レイナとラウを知っていると言うだけでも随分とすごい確率だと思っていたが、それ以外にさらに三人。どうすれば出会えると言うのだろう。

 アレイスはなぜだか手のひらをこちらに向けた。なに、と聞くと、質問はまた後で聞く、と言った。


「もう一個、俺の方から質問だ。俺が貴族の連中を皆殺しにしてやろうと思ってるから、協力しろって言ったらあんたどうする?」


 レイナは思わず彼の顔を凝視する。

 とらえどころのない表情は、それが本心なのか冗談なのかうかがえない。口調も重いものではないが、だからといってこちらをからかっているようにも聞こえない。


「どうって、そんな馬鹿なこと」


 皆殺し、という言葉も馬鹿げているが、相手は魔術師の集団なのだ。そよ風を起こすことがせいぜいな力のない魔術師もいるが、一人で街を焼き尽くすことの出来る魔術師もいる。それらを前に、彼ら全員を相手にしようとするなど馬鹿げた話だ。


「馬鹿かどうかはこちらが決める。レイナの答えは、協力するか、できないかのどちらかだ。できないと答えるなら、俺たちが何をしようと無視できるか、こちらの邪魔をするか、って聞く必要も出てくるがな」

「まさか本気の台詞なの?」

「さあね。で、あんたの答えは?」


 アレイスは薄い茶色の瞳を光らせる。未だに面白がるような顔にしか見えないのだが、口から出ているのは面白くも何ともない、恐ろしいとしか思えない言葉だ。


「……事情も何も分からないんだから、答えようがないと思うんだけど」


 レイナの言葉に、アレイスは軽く肩をすくめた。そんな答えで納得してもらえるわけがない。そう思ってはいたが、彼の表情や仕草もそれを語っている。


 彼が連中とひとまとめにした中には、レイナの家族も友人たちも含まれている。彼らも含めた貴族たちを一掃しようと思っているのだとすれば、協力なんてできるわけがない。

 だが、そうして簡単にアレイスの話を一蹴して良いものだろうか。彼は一応はレイナの生殺与奪権を握っているようではあるし、そうでなくとも彼の話が本当ならば、彼らと王都の間で必ず衝突が起こる。そうなれば、必ずどちらかが傷つくのだ。

 彼の表情をうかがいながら、慎重に答えを探す。


 協力できない場合は、無視をするか、彼らの邪魔をしようとするか。それを聞きたいと言うことは、とりあえずは協力しないという選択肢も許され得るということだ。


「少なくとも……積極的に協力するって選択は無いわよ」

「なるほど。それを答えとして一応、聞いておくことにしよう」


 彼はそう言って軽く頷くと、続く質問はしてこなかった。代わりに彼は背中を壁につける。体重を壁に預けるようにして、そのまま天井を仰いだ。彼の瞳が何もない天井を見つめる。

 彼はこちらに視線を向けないまま口を開いた。


「まあ、本気かどうかはともかく、この国をぶっ潰そうと考えてるやつがいるとする。そんな奴らにとっては、貴族の情報や王都の内情は喉から手が出るほど欲しいだろうな。それも新しければ新しいほど良い」


 彼の言いたいことを察して、レイナは愕然とする。


「……そんな理由で私が貴重だって言ってるの?」


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