第五章(6/11)
レイナが向かったのはアレイスのいる部屋ではなく、ラウがいるはずの部屋だった。ノックをして声をかけると、彼はドアを開けてくれる。
「どうしました?」
「少し、話がしたいのだけど」
レイナの言葉に、彼は黙って部屋の中を示した。この部屋もアレイスがいる部屋と同じ作りをしており、寝台が一つと机と椅子が一つづつ置かれているだけだ。アレイスが彼と二人でここに寝ているとしたら、どちらかは床に寝ているのだろうか。そんなことを考えていると、ラウが寝台の方に腰をかけたので、レイナは椅子の方に座る。
「ラウはヘイスベルト達に会ったことがあるのよね?」
レイナの問いかけに、彼は反応を見せなかった。こちらが質問をしたことが聞こえているかどうかも分からないほどである。だが、ヘイスベルトはラウにむかって久しぶりと言っていたし、それを受けて彼は珍しく表情を陰らせていた。覚えていないわけがないのだ。
しばらく待ってみたが、彼はそのことについて何も触れる気はないらしい。今度は首を傾げながら聞く。
「ここはどういう場所なのか、知ってる?」
この質問には、さあ、といういつも通りの反応があった。
「アレイスとヘイスベルトはどんな関係か、ラウは知ってる?」
「さあ」
「アレイスは私たちをどうしようとしてるの?」
レイナの言葉に、彼は薄い水色の瞳をこちらに向けた。少しだけ考えているようだったが、やがて首を横に振る。
「彼の考えていることなんて、わたしには分かりませんよ」
「アレイスとはどうやって出会ったの?」
レイナの矢継ぎ早な質問を不快に感じたのか、ラウは少しだけ表情を翳らせる。そして、静かに言った。
「私はあなたと過去の話をするつもりはありません、と言ったはずです」
確かに彼はそう言っていた。忘れていたわけではない。これまでは努めてそうした話題には触れないようにしてきたつもりだ、が。
「……不愉快に感じたのならごめんなさい。でも私が知りたいのはあなたの過去じゃなくて、アレイスがいま何を考えているか、私がこれからどうすればいいかなの」
じっと彼の瞳を見つめていると、彼はふと視線を外した。窓の外を見るようにしているが、彼の目が外の景色を映しているようには見えない。
「私はアレイスのやっていることにも、アレイスがやろうとしていることにも興味はありません。彼が何を考えているか、知りたいとも思っていません。レイナが私に何を聞いても、それらが分かるとは思えませんが」
「アレイスに興味もないのに、黙って彼に付き従っているの?」
「他に行きたいところなどありませんから。仮に彼が私のことを利用しようとしているのだとしてもね」
そう言ったラウだが、感情がこもった言葉には聞こえなかった。
彼はアレイスのことが嫌いではないはずだ、と思う。単なる感覚でしかないが、彼らは必要以上に近づかないことでお互いに配慮しているように見える。だが、ラウから利用という言葉が出て来たので、思わずレイナは身を乗り出していた。まさしく聞きたいのはそれだ。
「その、利用、ってところが分からないんだけど。ヘイスベルトにも私は貴重だと言われたわ。彼らにとって私やラウの何が貴重なの?」
レイナもラウレンスも、共に王都に生まれた貴族だ。だが、魔術を使うことができずに王都を追われた。レイナたちには貴族としての身分はもちろん、王都の外にもなんの身分もなんの縁もなく、魔術が使えるわけでもない。
幼い頃から他の貴族たちと同じように学問や武術などを叩き込まれてはいるから、そこで多少の仕事はできるかもしれないが、それ以上でも以下でもない。ラウがアレイスに利用されると考えているのだとしたら、そんなことではないだろう。
ラウはレイナの言葉に少し考えているようだったが、やがて首を横に振った。
「考えられるものはいくつもありますが、それをレイナに話して良いのかどうか、私には判断できません。アレイスに聞いてみてはどうですか?」
彼の言葉にレイナは苦笑する。確かにヘイスベルトもアレイスに聞けと言った。アレイスが素直に教えてくれるとは思えないためこちらに来たのだが、彼が教えないことをラウは話せないのだろう。何にせよ、彼らの言いっぷりからすると、何も分かっていないのはレイナだけなのか。
「アレイスが教えてくれると思う?」
レイナの言葉に、彼は返答しなかった。それこそ知ったことではないということだろう。レイナは時間を取らせた詫びを言って部屋を後にした。そして、少しだけ呼吸を整えてから、アレイスのいる部屋へと戻る。




