第五章(5/11)
部屋を出て食堂に降りるまで、誰とも出会わなかった。食堂に座っているのは一人だけ。ここに来た時にドアを開けてくれたスキンヘッドの男である。一人で入って来たレイナを見て、少しだけ驚いたような顔をした彼に、レイナは笑顔で会釈をした。
「この席、座ってもいいですか?」
入り口近くの席を示して聞くと、彼は無言で頷いた。
椅子に座って何かの書面に目を落としていた彼は、武器は持っていないように見えた。レイナも小さなナイフは懐に仕込んでいるが、剣は部屋に置いて来ている。他人と同じ空間にいるとどうしても、勝てるだろうか、と考えてしまう。半袖のシャツから覗く腕や胸は大きい。剣があればともかく、純粋に力では太刀打ちできないだろう。彼の腕に掴まれたら終わりだ。
彼は先日はドアを開けていたし、今も部屋でなくこんな場所で一人で待機している。そんな立ち位置から見ても、ことさらに人を威圧するような見た目から考えても、彼はこの建物の用心棒のような存在なのかもしれない。
「アレイスは?」
「部屋に」
「お前は何か用なのか?」
「アレイスとだけ喋ってるのにも飽きちゃって」
レイナがそう言うと、彼はぽかんとした顔をした後、声を出して笑った。元が強面の顔は、笑うとさらに迫力が出る。男はガタンと大きく音を出して椅子を引くと、こちらに向かって歩いて来た。こちらが座っているということもあるが、大きな体だ。近くから見下ろされると随分と威圧感がある。
「座っても?」
「どうぞ。レイナです」
立ち上がって挨拶をすると、彼は頷いてから座った。レイナも彼に合わせて席に着く。
「デルクだ」
「デルクさんはここに住んでるの?」
「そんなものだ。レイナはどこに住んでるんだ?」
「アレイスの部屋に」
レイナに家などないし、地元など聞かれても困る。
レイナの答えに、デルクは笑った。初めて会った時にも、食堂で会った時にも口をへの字にして鋭い睨みをきかせていたのだが、意外と笑顔も見せてくれる人らしい。だが、豪快な笑いは、彼の目の奥に見える本音を隠しているようにも見える。
「アレイスが女を連れてくるのは初めて見たな」
「でも、モテるのでしょう?」
「モテるだろうな。——だが、奴が女を連れ込むとしたら、ここじゃない」
まっすぐにこちらを見て言われた言葉。レイナは可愛らしく首を傾げて見せる。
「ここじゃない?」
「あいつはここ以外にいくらでも自分の寝床を持ってるだろうからな」
この場所と、アレイスが他に持っている寝床は違うということだろうか。レイナは首を傾げていたが、デルクがそれを説明する気はないようだった。彼はこちらの姿を観察するようにする。
「その髪の金色はものすごいな。目の色も」
「珍しいでしょう」
「ああ。ここでは珍しいな」
彼はまた、ここ、という言葉を強調した。
だが今回のここは、王都ではない場所、という意味にも聞こえた。貴族たちの間では珍しくないが、ここでは珍しい——彼がそう言いたいのであれば、もしかしたら彼もレイナが王都から来たと知っているのだろうか。
「ラウレンスもだな。アレイスは毛色の違うあんたらを随分と気に入っているようだな」
「そうみたいね」
デルクのそれは、アレイスとレイナの関係を探るような言葉にも聞こえたが、そんなものレイナが知りたいくらいだ。
彼はちらりと入り口の方を見た。レイナもほとんど同時に同じ方を見ていた。誰かが階段を降りてくる音がしたのだ。二人で見ていると、入ってきたのはヘイスベルトだった。彼はレイナの姿を認めるなり、破顔した。
「おや。珍しい人がいる」
「こんにちは」
「こんにちは。君の男は何してるの?」
アレイスはレイナのことを俺の女といっていた。それなら彼はレイナの男——ということになるのだろうか。聞きなれない単語を投げられ、レイナは密かに苦笑する。
「アレイスなら部屋に」
「彼が君を一人で出すなんて珍しいな。喧嘩でもしたのかい?」
彼はレイナたちが座っている机に向かってくると、自然な様子でレイナの横の椅子に腰をかけた。ヘイスベルトも武器らしきものは持っていない。だが、真横に座られるとピリっとした緊張感を覚えた。一瞬、自分が剣を下げていないことに対する不安が頭を擡げる。
——勝てるだろうか。
デルクは剣さえあれば勝てるような気がする。が、ヘイスベルトはどうだろう。特段、男性にしても小柄というわけではない。が、随分と身が軽そうな印象を受けた。レイナが剣を抜くスピードと彼のスピードとではどちらが早いだろう。
「喧嘩なんて。少し部屋の外に出たくなっただけよ」
「ふうん。アレイスは反対しただろう。あいつはレイナを独り占めしたいみたいだから」
ヘイスベルトはそういって口元だけで笑った。
彼はここでアレイスと何度か話をしているようである。いったい、アレイスからレイナをどう聞いているのだろう。デルクによるとアレイスが女性をここに連れてくることはないらしいし、そうでなくともレイナとラウの二人を連れて目立たないわけがない。少なくともレイナは王都を出て以来、ラウ以外の金髪を見ていないのだ。
「ヘイスベルトは……アレイスと長い付き合いなの?」
「そうだな。お互いが子供だった頃から知ってるよ。——俺のことを何かアレイスから聞いてる?」
レイナはなんだか良くわからない警戒感を抱きながら、首を横に振った。なるべく自然に席を立って距離をあけたいと思うのだが、タイミングが掴めない。
「仕事の関係としか」
「まあ、仕事の関係といえばそうかもね」
彼はそう言って笑ったが、黒い瞳は全く笑っているように見えなかった。何を考えているのか、こちらが覗き込もうとしても弾かれてしまうような、そんな強い黒だ。
「気をつけた方がいい」
「え?」
「君は貴重だからね。レイナを欲しがってる人間はたくさんいる。俺も、アレイスがいなければとっくに連れて帰ってるんだけど」
どういうこと、と聞きながら、レイナはヘイスベルトとの距離に耐えきれず立ち上がった。隣の席に座っている彼がその気になれば、レイナがナイフを出す間もなく無力化される。そんなイメージから逃れるように、一歩、二歩と慎重に机から離れたが、彼は動かなかった。
「私の何が貴重ですって?」
「アレイスにでも聞けばいい。まあ、俺にとってはアレイスもそれなりに貴重な人間だからね。アレイスが手を出すなというなら、しばらくは大人しくしておこう。協力はしてもらうけどね。君の男にそう伝えてくれ」
ヘイスベルトはそう言って、こちらに手を振った。少しだけ待ってみたが、それ以上には何もいう気はないようだった。レイナは形だけの会釈を返すと、なるべく慌てているとは思われないようにゆっくり階段を登っていった。




