第五章(4/11)
「ねえ、私はいつまでここにいればいいの?」
レイナは椅子に座ったまま、寝台に寝そべっているアレイスを見下ろした。彼は夜になるとふらりと姿を消すが、昼間はレイナもいるこの部屋で寝転んでいるか、外に出るかしている。彼はごろりと転がって体勢を変えると、レイナを見上げて笑った。
「なんだ、もう限界か? 少しはラウを見習え。あいつはどれだけ部屋に閉じ込めてても文句一つ言わないからな」
「ラウが文句を我慢してるようには見えないけど」
「そりゃ、あいつなら何も言わなければ死ぬまで部屋から出てこないだろうからな」
アレイスはそう言って肩をすくめた。
レイナたちがイグニスの街にやってきてから四日。レイナはアレイスがいない時には部屋を出るなと言われているし、アレイスがいたところで食堂に食事を食べに行ったりするくらいしかやることはない。アレイスは度々外に出ているようだが、レイナを連れて行ってはくれなかった。貴族がレイナ達を探しているかもしれないから出歩くなと言われてしまうと、アレイスよりは目立つ見た目をしている自覚はあるから、あまり文句も言えない。
「ラナンクルスで、ブレフトが俺らを探しているという情報は今のところない。あっちにも何か事情でもあるのか、もしかしたら考えすぎだったかな」
ブレフトというのは、あの町中であった貴族の名前らしい。
「男に攻撃されてた人たちも無事?」
「みたいだな。とりあえず家を離れているようだが、何かしらの報復に来たという情報はない」
よかった、とレイナは息を吐く。
レイナが領主の息子に下手に逆らったせいで、彼らが報復されたなんてことになれば、責任を感じざるを得ない。
「しばらく様子を見て、このまま何もなければラナンクルスに戻るか、別の町にでも移動するかな」
アレイスの言葉に、レイナは内心で首を傾げる。
アレイスの口ぶりからしても、ここには一時的に身を寄せただけで、この建物を次の住処とするつもりは無いらしい。それにこの街には会っておきたい人間がいると言っていたが、その目的は既に達したのだろうか。
ラナンクルスにいた時も外に出るなと言われてはいたが、実際には好きに出歩くことはできていたし、宿場に泊まっている人たちと自由に話をすることもできた。それに対して、ここでは部屋から出ることすら禁じられている。
人目につくから街に出てはいけない、という理由はわからないでもない。だが、部屋を出てはいけない、というのはきっと、他の人間とコンタクトをとってはいけない、ということだ。ここにいる人間を信用するなと言っていたこともあるし、アレイスにとってもここは居心地が良い場所ではないのだろうか。
「ねえ、ヘイスベルトたちはアレイスの仲間じゃないの?」
「俺の仲間、ってのがどれを指すのかは知らないが、違うだろうな」
「どういう関係?」
「秘密」
そう言ったアレイスは、ちらりとレイナの顔を見てから体を起こした。笑いながら、何故だかこちらに枕を投げてくる。レイナはそれを難なく受け取ると、なによ、と言った。
「イラっとしただろ、今」
「……よく分かったじゃない。もうあなたの秘密は聞き飽きたわ」
「謎の多い男、ってのはなかなか魅力的だと聞くがな」
「どこの情報よ」
少なくともレイナは困惑か苛立ちしか感じないのだが。眉根を寄せたレイナに対し、アレイスは軽く笑って言った。
「まあいい。ヘイスベルトたちは主な取引相手かな。俺らの仕事の」
「彼らに他領で買った品を卸してるってこと?」
「そんなところだ」
「それで、どうして私をヘイスベルト達に会わせたくないの?」
レイナの言葉に、アレイスは一瞬、よくわからないような顔をした。
「自分の女を他の男に近づけたくないと思うのに理由がいるのか?」
「じゃ、ラウを近づけないのは何故? 自分の男も取られたくないの?」
「そりゃそうだろ」
即答した彼にレイナはため息をついてから、彼に枕を投げ返して椅子を立った。そのまま部屋を出て行こうとすると、当然ながら彼が声をかけてくる。
「どこに行く」
「ここにいる皆さんにご挨拶を。お世話になってるものね?」
「……さすがにいい度胸をしてるな」
彼はそう言うと、改めて考えるような顔をした。いい度胸、とは彼に真正面から喧嘩を売ることだろうか、それとも勝手にヘイスベルト達に会いに行こうとしていることだろうか。彼にしては珍しく、しばらく考えているようだったが、やがてため息をつくと寝台に横になった。
「好きにすればいい」
「行ってもいいの?」
「俺はあんたの保護者じゃないからな」
レイナがドアを開けても、彼はこちらに視線も向けてこなかった。彼の迷いは気になったが、こうなると後にも引けない。レイナは彼を見ながら、外に出て部屋のドアを閉めた。




