第五章(3/11)
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扉が開けられ、そこに覗いた顔を見てリュートは慌てて机から腰を上げた。てっきりリュートが来ていることに気づいた使用人が飲み物でも持って来たのだろうと思っていたのだが、入って来たのはフェリクスだった。ステフェンの仕事の補佐をしてくれている彼は、入り口でリュートに向かって片手を上げた。
「お気になさらず。リュート様」
彼はそういうと、応接机の上にステフェンの分の茶器と、リュートの分の飲み物を置いていく。リュートはすみませんと言って応接用の椅子に座り直し、受け取ったお茶に丁寧にお礼を言った。
フェリクス自身は自由貴族の家柄である。自由貴族は領地を持たない貴族であり、領地を持つ上流貴族よりは下に見られることが多い。
実際には自由貴族といっても、将軍など国の要職に付いている人間も多くおり、家柄だけで判断されるわけではないのだが、フェリクス自身は特に国における役職も地位も持ってはいない。
それに対してリュートはその上流貴族の中でも領主達を束ねる十家に生まれており、それもあってか彼は昔からリュートに様をつけていた。ちなみに最初はステフェンのこともステフェン様と読んでいたのだが、それは早々にやめさせた。かねてよりリュートもやめて欲しいと訴えているのだが、それは受け入れられないらしい。
「どうした、フェリクス。珍しいな」
「お話中、申し訳ありません。ステフェンに陛下より、夕食のお誘いが来ていますよ」
フェリクスの言葉に、ステフェンは口に持っていこうとしていたカップを持つ手を止める。フェリクスの表情をうかがうように視線を上げると、彼はゆっくりと首を横に振った。何の用件かはわからない、ということだろう。ステフェンは温かい紅茶に口をつけてから、ゆっくりとカップを置いた。
「……お断りしよう」
「十九時に王宮を訪ねて欲しいそうです」
「何か呼ばれるほど悪いことしたかな。心当たりはないんだが」
国王とはいえ、伯父である。たまには食事を一緒に、ということもないわけではない。特にステフェンは父を亡くしており、母のいる屋敷も遠いから、と気を使ってくれることもある。先日もステフェンの十六の誕生日を祝ってくれたのは畏れ多くも国王陛下と王妃殿下なのだ。
「特にお心当たりがないのであれば、気楽に行けばよろしいのでは?」
フェリクスのそれは皮肉なのか率直な感想なのか判別がつかないところである。なんにせよ、他人事なら何とでも言える、とステフェンは内心で苦笑した。
説教をされるような心当たりがあるとすれば、一番は太陽の涙を盗んだことだが、それ以外にも小さなところで言えば色々とある。また、心当たりなどなかったとしても、陛下と話をするのは嫌な緊張感があるのだ。尊敬をしているし、死んだ父の代わりに息子のように接してくれているのはわかるが、それはそれ、これはこれである。
「前に、陛下はリュートとも話がしたいって言ってたよ」
「光栄です。今度、機会があればお誘いくださいとお伝えください」
「今日でもいいんじゃないか?」
「滅相もございません」
リュートは目を閉じて、両手を合わせるようにして言った。ステフェンはつれない友人に顔をしかめてから、フェリクスを見上げる。
「フェリクスともたまには話がしたいって言ってたけど」
「私は日頃から、陛下の側近の方とやりとりさせていただいておりますよ」
彼は軽く肩を竦めると、リュートに挨拶をして部屋を出ていった。ステフェンはため息をついてから、窓の外を見る。だいぶ日が傾いていたから、夕食の予定は急遽、決まったのだろう。いつもの陛下の気まぐれによるものか、もともと会食予定だった相手が倒れでもしたのか。
深いため息をついたステフェンに対し、リュートは茶器に入っているお茶に口をつけながら言う。
「準備があるんだろう。俺はそろそろ退室しよう」
「陛下がリュートと話がしたいって言ってたのは本当だよ」
ステフェンが言うと、リュートは首を竦めた。
「そりゃ、光栄だが。頼むから親父に余計なことは言わないでくれよ。俺を盾にして大興奮で王宮に乗り込みかねない」
「わかった」
そう言ってステフェンは笑う。
リュートの父であるサフィラス家の当主は、十家の中でもサフィラス家は斜陽なのだと言っていつも嘆いている。そもそもリュートがステフェンに近づいてきたのも、ベラルト家の子息であり陛下の甥でもあるステフェンとの誼を結びたい、という父の指示があったかららしい。が、リュート本人はさっぱりとしたもので、だからステフェンの家ならどれだけ入り浸っても文句を言われないんだ、と笑いながら訪ねてくる。
「健闘を祈る」
「ああ、頼むよ」
ひらりと手を振って出て行くリュートに、ステフェンは手を振った。




