第四章(8/9)
この辺りで一番栄えている街、というだけあって、イグニスでは夕暮れ時にも関わらず多くの人々が行き交っていた。街の外れで馬車を降りたレイナたちは、そこから徒歩で街の中へと向かう。街に到着する時間帯を計算していたのかは知らないが、自分たちの足元から伸びる影はかなり長い。赤い陽は、建物も道も壁も同じような色に塗り替え、レイナやラウの肌や髪の色も暗く見せてくれていた。
「こうして二人並べてみると、レイナよりラウの方が目立つな」
アレイスは少し前を歩きながら、こちらを振り返って言った。
彼の隣を歩くラウは、たしかに目立っていた。ひょろりとした長身を、頭から足元まで覆うような長い外套でまとっているからなおさらだ。印象的な金髪はフードで隠れているが、白い陶器のような顔は見えるし、美しい水色の瞳ものぞいている。
レイナも肌の色や目の色はさほど彼と変わらないが、彼と比べれば小柄な分、ぱっと目を惹くという意味ではやはりラウの方が目立つのだろう。二人してフードを被っているのもおかしいと思い、レイナは帽子に髪を入れ込んで目深に被って歩いている。
「アレイスも目立つわよ」
「ふうん? まあ女にはよく声をかけられる」
臆面もないセリフにレイナは苦笑する。
着ている服装はいつも通りの飾り気のない白のシャツで、目を惹くものではないが、長身とバランスの良い体つきは遠くからでも分かる。日に焼けた肌に、明るい髪と瞳の茶色。くっきりとした瞳をはじめとして顔の造りも派手で目を惹く。
だがまとう雰囲気は決して近寄り易いものではない。面白がるように笑う顔はぐっと可愛らしくなるのだが、そうでなければ不機嫌にもつまらなそうにも見える顔だ。妙な存在感というか、得体の知れなさもあるし、街中で容易く声をかけられる女性がいるとすれば、よほど自分に自信のある人間だろう。
「女性に声をかけられるのはともかく、あまり目立つのも考えものね」
「この三人でいれば仕方ない」
アレイスはそう言うと、のんびりと歩を進めた。先ほどから、すれ違う人々がこちらを振り返るのは気づいていた。早足で行くと余計に目を引いてしまうだろうから、あえて普通の速度で歩いているのだろう。彼はずっと大通りを歩いていたが、すっと路地を曲がった。
いくつか角を曲がると、二階建ての建物が現れる。ラナンクルスにあった宿舎と同じように、二階には同じような窓が並んでいたからここが目的地なのだろう。看板もなにも出ていないその扉を、アレイスは叩いた。しばらくして、誰だ、と中から誰何する声がする。
「俺だ」
アレイスの答えに、扉が開いた。中から顔を出したのは、中年の男性だった。スキンヘッドの強面に、鋭い睨みを効かせたその男は、前にいた宿舎に泊まっていた人々とは明らかに雰囲気が違う。彼は建物の中に引っ込み、レイナはアレイスとラウに続いて中に入った。
「あんたかよ、アレイス。随分と話題になってるじゃねえか」
「もう噂になってるのか?」
「市民の噂にはなってないだろうが、上は知ってるぜ」
「お前の上は大抵のことは知ってるだろ」
アレイスはそう言うと、勝手に建物の中を進み、食堂のようなところに入る。ラウも当然のようについて行ったので、レイナは入り口の男性に少し会釈をしてついて行った。
「ヘイスベルト」
アレイスは、食堂に座っていた一人の男性の目の前に座った。ヘイスベルトと言うのは彼の名前だろうか。黒髪の彼は、アレイスやラウと同じくらいの年齢——二十代の前半に見えた。扉を開けてくれた男性は見るからに堅気ではなさそうだったが、こちらはいたって普通の見た目をしている。街中を歩いたところで特別に目を惹くことはないだろう。
男はアレイスを見てから、食堂の入り口に立ったままのレイナを見た。男は切れ長の黒い瞳をこちらに当てる。居心地が悪くなるほどに真剣な視線に、レイナは体を硬くする。
「珍しい人を連れてるね」
「どうせ俺が女連れなのは知ってただろ。俺の女だ。手を出すなよ」
「俺のね」
男はそう言って微かに口元をあげた。
「アレイスにしては珍しく、随分と目立つことをしたじゃないか」
「悪いな。成り行きだ」
「別に謝ってもらう必要はないな。アレイスが何をしようとうちには関係ないからね」
「そりゃどうも」
仲が良いのか悪いのかよく分からないやり取りである。この建物にいるのはもちろんアレイスの仕事仲間なのだろうと思っていたのだが、内容を聞いているとそうは思えない。
「しばらくここにいる予定だ」
「いいんじゃないか。情報も集まるし、俺もたまにはアレイスと話がしたい」
「あんたもまだここにいるのか?」
「今は特に予定はないからね。アレイスがいる間はここに留まるとしよう」
彼はそう言ってから、こちらに視線を向けてきた。
「新しい彼女を紹介してはくれないのか?」
「レイナだ」
「初めまして、レイナ。ヘイスベルトです」
彼はわざわざ席を立ってレイナの前まで歩いてくると、手のひらを出してきた。中肉中背の彼は、長身のアレイスやラウなどと違って、近くに寄られても圧迫感のようなものは感じない。が、柔らかい口調とは裏腹に、黒い瞳に宿った光は強い。
レイナは彼の目を見上げながら掌を取った。あまり大きくはないが、明らかに剣を握る手だということはわかる。何となく隙のない雰囲気もあり、かなり強いのかもしれない、と思った。レイナは敵意のないことを示すように、にっこりとした笑顔をつくった。
「はじめまして。よろしくお願いします」
「こちらこそ。ぜひアレイスのいない時に一緒に食事でもしましょうね」
「なんでだよ」
「アレイスがいたら口説けないだろう」
「誰が保護者だ。人の女を目の前で堂々と口説こうとしてるんじゃねえ」
アレイスはそう言って、席を立つ。
彼はヘイスベルトとレイナの間に立つと、乱暴にレイナの手を取って、握手している相手の手を外させた。ヘイスベイトはそれを少し笑ってから、後ろに立っていたラウに声をかける。
「ラウレンスも久しぶりだね」
ラウは少し考えているようだったが、やがて静かに会釈だけを返した。その顔には僅かに翳りがあるようにも見える。




