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第四章(7/9)

 

 新しい町は、レイナたちがいた場所の隣町から馬車で一日といったところらしい。夜明け前にラナンクルスを出て隣の町まで歩き、そこで馬車を借りてイグニスに向かう。馬車は普段は乗合馬車として使っているものらしいが、アレイスが一台丸ごと借り上げた。御者の男に運転を任せていたため、中にいるのはレイナと、アレイスとラウだけだった。


 馬車に乗ってすぐに眠ってしまったアレイスは、日が高くなる頃に目を覚ました。彼は薄く瞳を開けると、目の前に座っていたレイナを不機嫌そうに見る。彼の寝起きはいつもこんな様子だ。怒っているのだろうか、と思えるような顔は、すぐに周りを見回すと、少し考えるような顔になる。どうしてこんなところにいるのか、思い出しているのだろうか。やがて、ようやく記憶が繋がったのか、彼は言った。


「起きてたのか?」

「ええ」


 座ったままで眠っていて、体が痛んだのだろう。首や腰を伸ばすようにしてから、立ち上がった。軽く屈伸してから、また座り直す。片膝を抱きながら言った。


「昨夜は寝てないんだろうに」

「ラウも起きてたわよ」


 レイナは、そう言ってラウを見る。隅に座っている彼は、薄く風が入ってくる幌の隙間から外を眺めていた。彼は馬車に乗ってからずっと同じ姿勢で外を見ている。何を考えているかは知らないが、こんな状況で眠れない気持ちはわかる。貴族に追われている可能性があり、そうでなくとも知らない人間が運転する馬車に乗せられている。馬車が急襲されたり、目的地と違う場所に運ばれて襲われるのではないか——そんなことまで考えてしまうのは、これまであまりに信頼できる人間がいなかったからか。


「あいつは起きてても寝てても変わらないだろ」

「確かに動かないけど」


 そんなことを言っても、聞いているのかすらわからない。


「おはよう」


 アレイスが話しかけると、彼はちらりと視線を向けた。水色の瞳にアレイスを映して、彼の言葉を復唱した。


「いまどの辺だ?」

「つい先程、マキナの側を通りましたよ」

「なんだ、まだそこか」


 ほとんど外に出ないと言っていたラウが地理を知っているというのは意外だが、アレイスのところに来るまでは色々な場所にいたのかもしれない。


「イグニスはどんな町なの?」

「この辺りでは一番栄えてる街だ。領の中心部に位置するから、交通の要所にもなってる」

「大きな街に行くのね」

「まあな。小さい町に行くと余所者は目立つからな。それに会っておきたい奴もいる」


 レイナは首を傾げたが、彼がそれ以上のことは言わなかった。口を閉ざしたアレイスに、聞いてみたいと思っていたことを聞く。


「アレイスは何歳なの?」

「いくつに見える?」

「ちゃんと年上には見えてるわよ」

「そりゃ良かった。さすがにレイナに年下に見られてたら死にたくなるな」

「で、いくつなの?」

「秘密」

「……年齢なんて勿体ぶることないと思うんだけど」


 レイナはため息をつく。かつて家族についてや故郷について聞いたこともあったが、その時も同じ答えしか返ってこなかった。家族について言いたくないという理由は考えられなくもないが、年齢など秘密にするほどのものでもない気がするのだが。


「なんで秘密なの?」

「秘密」

「あ、っそう」

「俺のことが知りたいなら、裸でベッドに突撃してこい」

「残念ながら、そこまでして入手したい情報じゃないわね」


 眉を寄せたレイナの反応を見て、アレイスは楽しそうに笑った。そんな彼のことは無視して、レイナは未だ外を見ているラウに声をかける。


「ラウは何歳なの?」


 彼はこちらに視線をよこしてきたが、すぐに元に戻した。硬く閉じられた唇が開かれる気配はない。彼らの方はレイナの年齢を知っているのに、揃いも揃って教えてくれる気はないらしい。


「あいつは多分、レイナより五、六年早くに王都を出てるぜ」


 答えたのはアレイスだった。それを聞いても、ラウは何の反応もしない。レイナより五、六年早いということは、王都を十六で出て、単純に計算すれば二十一か二十二。それであれば、きっとレイナの兄は、同じく魔術の使えないラウのことは知っていただろう。兄が死を選ぶ少し前に王都を出たのがラウなのだ。ラウの方も、同じ理由で兄の名を知っていてもおかしくないが、聞いてもきっと答えてはくれないだろうという確信があった。


 なんとなく、レイナもラウレンスという名前を聞いたことがある気がしていたから、きっと同じ学舎で学んだことがあるのだろう。魔術を使えない貴族はある意味で有名だ。王都にある学校にいる生徒のうち、卒業間近の十五、十六で魔術が使えない人間というのは必ず噂になる。


「なんで人の情報はペラペラ話すのよ」

「人のだからだろ」

「じゃあ、アレイスとラウが会ったのはいつなの?」

「三年くらい前かな」

「ラウのことも探してたの?」


 レイナの言葉に、アレイスは瞳を面白そうに光らせた。


「俺がレイナのことも探してたと思ってるのか?」

「少なくとも、あなたに赤い糸で引き寄せられたとは思ってないわよ」

「俺はなかなか運命的な出会いだったと思ってるんだがな」


 彼はそう言うと、にやりと笑う。


「まあ、レイナにその気は無くとも、イグニスでは俺の女ってことにするから適当に合わせておけよ」

「なにそれ」

「男どもにいちいち口説かれるのは面倒だろ」


 そんなことを言われて、レイナは首をかしげてみせる。


「あなたにいちいち口説かれるのもそれなりに面倒なんだけど?」

「俺のどこが気に入らない」

「見た目も性格もその秘密主義なところもね」

「全否定かよ」


 彼はそう言って楽しそうに笑う。


 一体、彼はどうやったら怒るのだろう。ラウは全く感情が表に出ることがなく、なにを考えているのか分からないが、アレイスはアレイスで喜怒哀楽はあるようにも見えるのに、それでもなにを考えているのか分からない。レイナは密かにため息をついた。


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