第四章(6/9)
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「魔術が?」
ステフェンは、フェリクスからの報告を聞いて首を傾げた。
サウテンデイク領はベラルト家の管轄下の領地である。そこでしばしば街中で魔術が目撃されているらしい。その地を統治しているサウテンデイク家には、当主であるエルヴィンをはじめとして四名の貴族がいる。街中で魔術を使うのはあまり褒められた事ではないが、貴族には魔術を使って力を誇示できる、という権利がある。魔術を使って領民を虐殺した、というわけでもない限り、特に問題になることはないのだ。
それがどうしたのだ、というステフェンの疑問を汲んで、フェリクスは頷く。
「ただの魔術ではないのです。目撃情報によると、魔術の応酬があったのではないかと」
「魔術の、応酬?」
ステフェンは瞬きしてから、眉根を寄せる。
応酬というからには、そこにいた魔術師が一人ということはあり得ないし、その互いが協力的であったと言うこともないはずだ。
「まさか街中で兄弟喧嘩でもしてるのか?」
サウテンデイクには確か息子が二人。領地に所有している屋敷に、両親と家族四人で暮らしているはずだ。領地を所有する上級貴族の中には、王都の屋敷を主な生活の場として離れた領地を治める家と、領地に所有する屋敷に生活しほとんど王都に寄り付かない家があるが、サウテンデイクは完全に後者だ。王都で暮らすステフェンは、その領主にもこれまでに数えるほどしか会ったことがない。
「そうであれば良いのですが、どうも片方はサウテンデイク家のものではないのではないかと」
フェリクスの言葉に、ステフェンは首を傾げる。
「それであれば、サウテンデイクから報告があっても良さそうなものだが」
「エルヴィン殿からはこの件に関して何も報告は上がっておりません。ですがどうやら市内では密かに噂になっているそうで、情報は諜者からですよ」
諜者とは普段は市民として一般生活を送りながら、暮らしぶりや町の様子などを貴族に知らせる者である。要するに各地に配置した耳目のような役割をする市民であり、通常は主管や町長などの報告をすり抜ける情報、もしくは主管や町長の評判などを、直接領主に届ける役目をする。だが、フェリクスが言う諜者は、領主から派遣されたものではなく、このベラルト家が直接派遣しているものだった。十家の多くは領地の様子を確認するため、このように密かに諜者を各領に置いている。
「親子喧嘩でもないとすれば、なんだ。どこかの家からちょっかいをかけにくる奴でもいるのか?」
「それはなんとも。エルヴィン殿から話を聞いた方が良いかもしれませんね」
「聞いて教えてくれるくらいなら、報告があってもよさそうなものだが」
何故、領主も十家も諜者などを置いているかと言うと、やはり下からの報告を信用していないからに他ならない。数字などいくらでも自分の都合の良いように変えられるし、王都から遠い領地や、領地の端にある村や町で何をしているかなど知りようもない。広い領地に一人か二人耳目を置いたところでそれらを知れるとは思っていないが、多少の情報は耳に入るし、いないよりはるかにマシだ。
「自分の都合の良いように釈明するにせよ、しらばっくれるにせよ、相手の出方は分かりますよ。魔術を使用した貴族同士の私闘は厳禁ですからね」
「それなら呼ぶか。こちらから出向いてもいいが、事態が大ごとになるのは避けたいからな」
「呼びましょう。大ごとになるもそうですが、サウテンデイクからこちらが下手に出ていると思われるのは避けたい」
ベラルト家は名家であり、ステフェンは陛下の甥にもあたる。だがステフェンが家を継いだのは今よりずっと子供だったということもあり、未だに当主であるステフェンのことを侮っている配下の貴族は多い。御しやすいうちに手の内に入り込もうとするか、恩を売っておこうとするか、手の上で転がそうとするかは人それぞれであるが、それぞれに思惑を滲ませながら近づいてくるのだから分かりやすい。
「サウテンデイク家から下に見られたところで痛くもないがな。とりあえず呼んで、大ごとになりそうなら出向こう。たまには俺が領地に赴かないと、それはそれで領主たちに侮られるんだろう」
「そうですね」
フェリクスはあっさりと頷いた。
「領主方は——王都に寄り付かない方は特にですが、領地を自分の国のように考えていますからね。上からの介入がないとわかれば、際限なく領内での権力を増長していくものです」
「そこは上からの監視というより個人の分別の問題だという気もするがな」
「もちろんそうでしょうが、皆がステフェンのように分別のある方ばかりではないですからね」
さらりと言われた言葉に、ステフェンは苦笑する。たまにこうした明らかな皮肉を入れてくるから、フェリクスは怖い。
「……俺はいつも真横から見張られてるからな」




