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第四章(5/9)


「日が明ける前に、別の街に移動する」


 レイナは少しだけ驚いてから、声を潜めていう。


「あの貴族から逃げるため?」


 アレイスは、あの貴族を殺せば別の人間が報復に来て、あの貴族を離せば彼が報復に来ると言っていた。撒いたと言っていたが、彼はアレイスやレイナに対して怒りを持っているはずだ。探し出そうとするのかもしれない。


「ああ。俺があの建物に出入りしてるのは、ちょっと聞き込めば分かるだろうからな。レイナのことも、少し見かけた人間なら覚えてるはずだ」

「ラウたちは?」

「あんたとラウは俺が連れて行く。他は、適当に散らせよう」

「……私のせい?」


 レイナが聞くと、彼はそうだなと頷いた。

 

「以前、正面からヤツに歯向かった馬鹿な奴らがいたが、その場で仲良く魔術で吹っ飛ばされただけでなく、後からわざわざ彼らの住んでいた家まで燃やされてる。今日の騒ぎに参加していた人たちにも、念のためにしばらく家を出るように言っておいた方がいいだろうな。そっちも朝には手を回しておく」


 アレイスはそう言うと、こちらを見下ろした。


「あんたは知らないかもしれないが、貴族はそういう連中だ。喧嘩は売らないに越したことはない」


 ——でも、と。言いかけた言葉をレイナは飲み込んだ。


 レイナが助けなければ、女の子が魔術の炎を受けていたのだ。その場にいた人々もどうなっていたかわからない。喧嘩を売ったつもりはなかったが、それを目の前にして、彼らを見捨てることなどできやしない。


 それに貴族の全員が全員、彼のような人間でないことは、王都にいたレイナの方がよく知っている。今日会ったような、面白がるように魔術を使う男などというのは論外だと思うのだ。誰もが領民を虐げているとは思えないし、貴族たちをひとまとめにするような言い方にはどうしてもひっかかるものがある。


 そうは思ったが、そんなことを彼に言うのは間違っているのだろう。もしかしたら王都の外からみた貴族たちは本当にそうした存在なのかもしれなかったし、そもそも彼はレイナを助けてくれてのだ。


「……喧嘩を売ったのは、アレイスでしょう。どうして助けてくれたの?」


 レイナがそういうと、彼が首を傾げるのが見えた。


 彼は、人々を助けることのリスクを知っていたはずだ。だからこそ騒ぎを聞いた時に、レイナに首を突っ込ませたくなかったのだろう。それなのに、結局のところ彼は自分が囮になるような形でレイナや周りの人々を助けてくれた。


「レイナが目をつけられたら一緒だろ。どうせ俺に迷惑がかかるんだ」

「そうとは思えないけど。私のことは閉じ込めるなり切り捨てるなりすれば良いけど、あなたは領主相手に簡単に顔を売ってはいけないんじゃないの?」


 ただの勘でしかないが、彼らが各地に宿舎を所有できるほどの規模で密売買をやっているのだとして、アレイスは下っ端というわけではないはずだ。言葉の端々でも方々に顔が利くのが分かるし、少なくとも中心人物の一人だろうと思える。それが貴族に目をつけられているとなると、仕事がやりづらくなるのではないのだろうか。


「まあ、綺麗な女性ならともかく、あんなやつに顔を覚えられても何も嬉しくないことは確かだが」

「……私は真面目に言ってるんだけど」

「俺もまあまあ真面目だけどな」


 そんなやりとりをしているうちに、宿舎に着いてしまった。

 

 アレイスはすぐにその場にいた皆を集めて事情を説明した。そこにはラウやクルーやリュカ以外にも五名ほどの人間がいたが、慣れてでもいるのか特に混乱することもなく、皆、淡々と荷造りをして出ていく。こんな夜中に行くあてはあるのだろうか。ばらばらの方向に去って行く人々を見ながら、レイナは申し訳のない気持ちになる。


「クルーとリュカはどうするの?」

「大丈夫大丈夫。僕らを泊めてくれる家があるから」


 未だ少し足を引きずってはいるが、動けないことはないらしい。クルーもリュカと一緒に簡単な荷造りしながら、相変わらずの笑顔で言った。


「それよりもレイナ、気をつけてね。領主にまで喧嘩売っちゃうなんてさすがだけど、あいつとは関わらない方がいいよ」

「クルーも知ってるの?」

「あの髪が長くて気持ち悪いのでしょ。何度か見かけたけど、いつもどこかで騒ぎを起こしてるよ」


 毛虫でも見たかのように顔をしかめるクルーというのは初めてみる。嫌そうな顔をしていたが、レイナが眺めていることに気づいたのだろう。彼はごまかすように手を振ってから、にっこり笑った。


「またすぐに会えるといいな。レイナが動けないなら、僕らが会いに行くから待っててね」


 彼らは手早く荷造りを終えると、闇夜に消えた。子供二人で大丈夫だろうかと心配になったが、アレイスに聞いても大丈夫だろとしか言わない。それは彼らを信用しているのか、そもそも心配していないのかがわからない。


「俺らも行くか」

「荷物はそれだけなの」


 レイナの荷物が少ないのは当然だが、アレイスやラウも小さな袋を一つ下げているだけだ。アレイスは自身の荷物を見下ろして、肩をすくめた。


「別に俺の持ち物なんてないもんよ。みんなそうだが、商売柄、身一つで逃げるのには慣れてる」

「アレイスの家はどこなの?」

「家なんてねえよ。寝る場所はいくらでもあるからな」


 彼はそういうと、鍵もかけずに無人の建物を出てきた。


 家はない、ということは、家族はいないということだろうか。そういえば、彼のことは名前以外の何も知らない。なんの仕事をしているのかだけは教えてもらったが、年齢も知らなければ家族や生まれた場所などの素性もわからない。そもそも話す時間がないということもあるし、たまに聞いてもまともに答えてくれない。


「ここはどうするの?」

「定期的に人を寄越して監視させる。しばらく何も起こらないようなら、またこれまで通り使えば良い」


 彼はそう言うと、早足で歩き始めた。ラウはその後ろを黙って追っていく。レイナはもう一度、建物を見上げてから彼らを追った。


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