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第四章(4/9)


 泣いている女の子の元に駆け寄ると、座り込んでいた少女はレイナを見て怯えたような顔をした。魔術から助けるためとはいえ、彼女を突き飛ばして怪我をさせたのはレイナである。膝にすり傷程度は見えるがそれ以外の怪我はなさそうに見えてほっとした。


 周りを見回すと倒れた男たちと、火がついた服を着て呆然と座り込む男、それからそれらの人々を介抱しようとする人々がいた。


「あんた……大丈夫かい?」


 一人の年配の女性に恐る恐るといった口調で話しかけられ、レイナは頷いた。だがこれからどうすれば良いのだろう。そう思っていると、倒れている男性を介抱していた人たちが声をかけてくれた。


「男が戻ってくるかもしれないから、しばらく隠れていた方が良い。一緒にくるか?」


 戻ってくるかもしれない男とは、あの貴族のことを言っているのだろうか、それともアレイスのことを言っているのか。アレイスがどうするつもりかは分からなかったが、報復があるといっていたくらいだから、もしかしたら貴族の縁者が来る可能性もあるのだろう。そう考えると、しばらく身を隠した方がいいというのはその通りだった。このままレイナが宿舎に戻れば、アレイスたちにも迷惑がかかるかもしれない。


 レイナが頷くと、彼らの親戚の家というところに連れて行かれた。知らない人たちと知らない家に入るということに不安がなかったわけではないが、先程の女の子も一緒だったし、さほど悪い人達には見えなかった。途中で意識を取り戻した男性はどうやら少女の父親だったようで、泣きそうな顔で何度もお礼を言われた。


 だが彼らは助かった安堵より、自身が領主に手を出そうとしてしまったことを恐れているらしく、いまにでも魔術が襲ってくるのではないかと言って怯えていた。実際に外から家に魔術で火でもつけられてはレイナにもどうしようもない。窓からずっと外を見張ってはいたが、結局、何事もなく夜になった。



 レイナは日が暮れてから宿舎へと戻ることにした。


 天井には星々が瞬いているのが見える。立ち並ぶ建物から漏れる灯りはあったが、足元を照らしてくれるほどではない。日中は暑いほどだったが、闇夜に頰を撫でる風は冷たかった。人々はせめて明日の朝になるまでいたらどうかと言ってくれたが、レイナは断った。


 もしもあの貴族がレイナのことを探しているのだとしたら、日中の方が見つかりやすいだろう。彼が領主の近親者というのなら、人を使って大々的にレイナを探すことも考えられるのだ。レイナの風貌はこの町でも浮いている。探すのは容易だろう。


 ——それに、アレイスの安否が一刻も早く知りたい、というのもあった。彼は無事にいつもの宿舎に戻れただろうか。追われているのなら彼もどこかで身を隠しているかもしれないが、もしかしたらすでに帰っているかもしれない。もしくは、ラウなどに何かを言付けているかも。


 町の中で、獣もいない。たまに酔っ払いなのか何なのか、おぼつかない足取りで歩いている人間はいたが、他に出歩いている人はいない。建物の中からはぽつりぽつりと楽しそうな声が聞こえてくることもあるが、それ以外は静寂が落ちていた。


 と、思っていると、背後で微かな足音がした。レイナは密かに剣に手をかける。


「こんな夜更けに女の一人歩きとは物騒だな」

「アレイス」


 笑いながら言われた言葉に、レイナは息を飲む。

 彼が追いつくのを待っていると、アレイスはレイナの隣に並んだ。暗闇に鮮明な彼の姿は見えないが、それでも彼の動きに不自然なところはない。怪我は無いように思える。それにまずは安堵しながら、レイナは今度は息を吐いた。


「……いつも私の周りに現れるのって、どんな魔法なの」

「その辺の家に隠れてたら、あんたが歩いてるのが見えたんだ」


 その発言の真偽などレイナにはわからない。


 だがあれから半日は経っている。ずっと外を見張るために窓に張り付いているというのも、こんな明かりの乏しい外をじっと見ているというのも、どちらも現実的ではないような気がする。普通ならたまたま見かけたのだろうか、とでも思うところだが、彼の場合はその偶然が重なりすぎて恐ろしい。


「いつも偶然、出会うのね」

「そうだな。赤い糸で結ばれてるんだろ」


 さらりと言われた彼の言葉に嘆息する。それについて聞きたいことはあったが、それより聞くべきことはある。


「あいつは?」

「適当に撒いた。ここの領主のお坊っちゃまをあいつ呼ばわりとはさすがだな」

「やっぱりここの領主のお坊っちゃまなの?」

「ああ。長男もクズだが、あいつは次男だな」


 レイナの言をさすがと言ったアレイスは、あいつ呼ばわりの上にクズ呼ばわりである。

 

 貴族というものは少なからず国民にとって畏敬の対象であると思っていたのだが、少なくともアレイスのような人間にとっては無条件で畏敬、もしくは畏怖する対象でもないらしい。実際にあんな貴族に出会ってしまうと、それも仕方のないこととは思ってしまうが、それでも印象は違う。アレイスが特殊なのか、普通の人の感覚でもそうなのかは分からない。


「二人兄弟?」

「姉もいる。あの二人の姉がまともな性格をしてるとは思えないが、奇跡的に他家に嫁いだようだな。こっちでは全く顔を出さない」

「詳しいのね」

「平民にとっては雲の上の人の話とはいえ、住んでる地域の領主様のことくらい知っとかないとな」

「それって一般知識なの? それとも商売柄?」

「俺の趣味かな」


 彼はそう言って笑う。

 

「いい趣味ね」

「そうだろう。夜道を女性と歩きながらする雑談にはもってこいだ」


 そう言って彼はなぜだかレイナの手を握った。指に指を絡められて、ざわっと毛が逆立つような感覚に襲われる。レイナが慌ててその手を振り払うと、彼は首を傾げた。


「何するんだよ」

「……それはこっちのセリフでしょ。鳥肌が立ったじゃない」

「いい意味で?」


 どんないい意味で鳥肌が立つというのか。

 

 レイナは本当に鳥肌の立っている腕をさすりながら、黙って彼から離れた。どうも彼は人との距離が近い。単なる女好きなのかとも思うが、宿舎にいる男たちが相手でもくしゃくしゃと髪をかき回したり、肩に手を置いたりしているから、特に意識しての行動ではないのかもしれない。男性の手を握ったのを見たことはないが。


 また彼が近づいてきたので、レイナは牽制するように視線をやる。だが、彼は自分の唇に指を当てるような仕草をして、小さな声で言った。


「まあいい。真面目な話をしよう」


 深刻な口調ではない。が、真面目な話、というのを彼の口から聞くとなんだか怖い。思わず顔を窺うが、細かい表情が読み取れるほど、建物から漏れてくる灯は強くない。


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