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第四章(2/9)


 いったい、どういうことだろう。


 静かに追ってくる彼の足音を背中に感じながら、レイナはゆっくり歩を進める。彼はレイナだけでなく、ラウも手に入れている。二人とも綺麗だから拾った、と彼は言ったが、よくよく考えてみるとそんな偶然はありえないだろう。


 魔術を使うことができずに貴族としての資格を剥奪される人間は、多くても年に一人程度。そのうち、二人に一人は王都での死を選ぶ。また、王都の外に出た貴族は長くは生きてはいけないとも聞いていたから、外で亡くなった数も多いのだろう。そう考えると、王都の外にいる元貴族の数は、数えるほどしかいないはずなのだ。二百万とされるこの国の人口を考えると、それと二度も偶然出会う確率などゼロに等しいはずだ。


 ならば、もとより彼はレイナを探していたのだろうか。


 レイナが王都を出されてすぐに大掛かりな襲撃にあったということは、どうにかすれば貴族が放たれるという情報が手に入る、ということだ。アレイスは元貴族が王都を放逐されるという情報を手に入れていたのではないだろうか。砂漠で起こした魔術もだが、その後も色々と騒ぎは起こしてきたし、そうでなくともレイナの外見は目立つ。レイナがどこを歩いていて、どの街にたどり着いたのか、もしかしたらレイナの行方を追うことは出来たのかもしれない。


 彼はレイナを追って、馬車で丸一日もかかる町にいた。そして、レイナを探していたのだ。そう考えると、初めて出会った時、彼は少しだけ驚いたような顔をしていた気がする。もしかしたらそれは、探している人物を見つけた、という驚きだったのか。


「レイナ」


 声とともに、急に後ろから服を引かれた。

 振り返ると彼はいつになく真剣な顔をしていた。レイナはそれに身構えながら、なに、と言う。


「騒ぎが聞こえる。引き返そう」


 思いがけない言葉に、レイナは首をかしげる。考え事をしていたからだろう、気づかなかったが、確かに通りの向こうから誰かが言い争っているような声が聞こえる。レイナたちが向かっている方向だ。小さな子供が泣いているような声も聞こえて、レイナは歩を進める。


「引き返すの?」

「他人事の騒ぎに首を突っ込んで怪我したいのか?」

「だって子供が泣いてるもの」


 早足で向かうレイナに、彼は少しだけ難しい顔をした。


 常日頃から飄然とした表情しか見せない彼にしては珍しい。何より、言葉のあやかもしれないが、彼はレイナが怪我をすると言っているのだ。彼はレイナが弱っているところしか見ていないかもしれないが、王都で武術を叩き込まれたのは知っているはずだし、レイナがクルーを助けたことは聞いているはずである。


 レイナは少しだけ緊張しながら、角を曲がる。


「——俺に謝れと?」


 子供の泣き声が響く中、妙に耳障りな声が飛び込んで来た。


 少し広くなっている道には、十名ほどの人間が立っている。声を発したのは、どうやら一人の青年らしい。中央に立っている長身の彼は、くるぶしまである長い外套を身に纏い、頭をすっぽりとフードで覆っている。地面に座り込んで泣いているのは幼い女の子で、その前に立って青年に詰め寄っているのは彼女の父親だろうか。道の両脇は民家になっているようだったから、他の人々は騒ぎを聞いて家から出て来たのかもしれない。


「あんたが怪我をさせたんだから当然だろ!」


 父親らしき男がそう言って青年に掴みかかろうとすると、青年はさらりとそれをかわした。かと思うと、男の顔にいきなり肘を叩きつけた。顔面を強打され、鼻や口から血を流しながら倒れた男を見下ろして、青年は微かに眉を寄せる。周りから悲鳴が上がり、そのうちの一人が青年に殴りかかる。だが、レイナから見ても、その動きは遅すぎた。青年は難なくそれをかわすと、大きく前のめりになったその男の腹に、膝を入れる。


 一瞬のうちに二人が倒れ、思わず人々は息を飲んだ。だが、地面に座っている女の子は、ますます恐怖を感じたのか、泣き声を大きくしていた。青年はそれをうるさそうに見下ろす。


 その冷たい視線を見て、レイナは思わず駆け出していた。


 何を感じたのかはわからない。だが、肌が粟立つような感覚を覚えていた。彼の声を耳に聞いた時には、レイナは座り込んでいた子供に体当たりをするようにして、彼女を突き飛ばしていた。その勢いのまま、自分も一緒に転がる。


火の民(ザラマンデル)よ、燃やせ」


 何かが爆ぜるような大きな音がする。


 レイナが女の子がいた場所を振り返ると、地面に大きな黒い跡がある。周りで見ていた人間の一人が大きな声を上げている。服の裾に火がついたのか、慌ててそれを消そうと暴れ、近くの人間も必死に火を消そうとしている。


「……魔術」


 呆然とレイナは呟いた。


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