第三章(9/11)
「悪かったな」
アレイスからの第一声は、それだった。彼は食堂の席で外を見ていたレイナの目の前に座ると、テーブルの上で指輪を滑らせた。赤い宝石のついたそれは、どう見てもレイナが持っていたものと同じもので、レイナはまじまじとそれを覗き込む。
「どうしたの、これ」
「買い戻した」
「それを売った代金はもらってるわよ?」
クルーを助ける時に、リュカに売ってもらったものだが、安いものではない。売ったときも金貨は手に入ったのだが、急いでいたから相場より安く買い叩かれている可能性はあると思っていたし、買い戻すとなるとさらに高額になっているだろう。
「ああ。あいつらが迷惑をかけたようだから、その詫びだ」
そんな言葉だけで金貨以上のものをたやすくぽんと渡せてしまう彼に、レイナは眉を寄せる。指輪を指先で弄んでから、中指に通した。装飾品として使うつもりはなかったから、レイナの指にはだいぶ大きい。だが、もしかしたら彼は、レイナにとって思い入れのある指輪だと思って探してくれたのかもしれない。
「迷惑なんて、思ってないわ。それなら、代金の方を返すわね」
「必要ない」
彼は短くそう言ってから、ラウが持ってきた紅茶に口をつける。
あれからクルーとリュカはすぐに彼らの顔見知りの医者に診てもらい、クルーをさらった男は、レイナが以前いた部屋に閉じ込められた。格子のついた部屋は、こういう時に使うのだ、と少し複雑な気持ちになる。
レイナは宿場へと帰りながら男にいくつか質問をしていた。
男たちは最近この街にきた人間であり、偶然見かけた子供が金を持っていたので奪い取ったらしい。その金額が意外と高額だったため、捕まえて金を要求することにしたのだと彼は言った。子供など切り捨てても構わないと思えば助けになど来ないだろうし、本当に金貨を持ってくれば儲けものだ、くらいの軽い気持ちだったそうだ。
なんて短絡的な思考だろう、とレイナは呆れたが、かつてレイナを襲った人々も同じようなものだったのだろう。弱そうな女が歩いている、金目のものを持っている。それなら襲って身ぐるみでも剥いでやろうか——と、そういうことだ。こうした人々が普通の顔をして町中に存在して、野放しにされている、ということを治安が悪いというのだろう。本来ならば犯罪行為を取り締まる制度があるはずだが、それが正常に機能しているようにはどう見ても思えなかった。
クルーとリュカは、レイナのすぐ近くの部屋で休んでいた。殴られた打撲や擦り傷などは大したことなかったようだが、足首はしばらく動かさない方が良いとのことで、固定されている。彼らにも話を聞いたのだが、相変わらず彼らは何も語らない。助けてもらったことをとても感謝されたし、迷惑をかけたことを何度も謝られたのだが、他には何も言えないようだった。
彼らはいったい、何をやっているのだろう。きっと彼らは、子供にはふさわしくないほどの大金を持っていたため、男たちに目をつけられたのだ。彼らはそのお金をどうしたのだろう。それはきっと、ここはどういった場所で、アレイスは何をやっているのだろう、ということにつながるはずだ。
目の前に座ったアレイスは、窓の外を見ていた。
こんな風に、何をするでもなく座っている彼を見るのは珍しい。朝食をとったら、大抵はすぐにどこかに出かけてしまうし、日没と共に戻ってくることもあれば、そのまま帰ってこないこともある。
「捕まえた男はどうしたの?」
レイナが気が付いた時には、男は外に連れ出されていた。ラウに聞くと、アレイスが帰ってきたから彼に渡したと言っていたのだが、レイナはアレイスの姿など見ていなかった。深夜に戻ってきたのだろうか。なんにせよ、アレイスはレイナと顔をあわせる間も無くまたここを出てしまっており、あれ以来で顔を合わせたのは今が初めてである。
「町の外に放った。なんの背景もない単なる小物だったからな」
「戻ってきたりしないの?」
「あいつの仲間も全員探し出して、二度とここに来たくないと思う程度には痛めてる」
さらりと言われた言葉が怖い。
始末したなどと言われなかっただけマシだが、やはり彼はまともな生活は送っていないような気がする。少なくとも、ああした男を捕らえておくための部屋を準備している程度には、こういう事態に慣れているのだろう。
「……ねえ、アレイスは何をしている人なの?」
レイナの言葉に、彼は瞳を当ててきた。一瞬、それは真剣な色をしているように見えたが、すぐにいつもの面白がるようなものに置き換わった。
「俺に興味があるのか?」
「ええ。アレイスにも、ラウにも、クルーにも、リュカにもね」
「随分と守備範囲が広いな」
笑いながら言われた言葉に、レイナは真剣な視線を向ける。




