第三章(3/11)
レイナがにこりとした笑顔を向けて会釈すると、男性の二人組は困ったような顔をした。
二人とも、年の頃は四十か五十か。日に焼けすぎて燻んだような肌の色も、皺の刻まれた顔や手も、レイナの何倍かは生きているように見える。身なりは真っ当に見える。が、目つきはそれなりに鋭い。初めて会った時に思いきり警戒したような顔で睨まれたから、その時の印象が残っているのかもしれない。
一人は視線をすぐに背けて食事に戻ったが、もう一人は手を止めて口の端を上げた。
「こんにちは、お嬢ちゃん」
こんにちは、と声を返す。
彼らは三日前からここに泊まっている。食堂で顔をあわせるたびに、レイナは彼らににっこりと会釈をしていた。初日は睨みをきかせられ、二日目は無視された。そして今日は挨拶をしてくれたから、少しは進歩しているのだろう。そう考えていると、彼から別れの言葉が切り出される。
「俺たちはこれから別の町に移動する。また会えるといいな」
少しだけ残念そうに言われた言葉に、レイナは頷いた。
ここがどういった場所で、彼らがどういった人間なのか、レイナは測りかねていた。宿のようなところかと思いきや、彼らが金銭を払っているのを見たことはないし、そもそもここには従業員はいない。常にいるのはラウとレイナだけで、クルーやリュカでさえ、数日間ここにいたかと思うと、一日か二日か全く姿を見せない時がある。
洗濯や掃除などはもっぱらラウが行なっているようだが、泊まっている人が多くなれば食事は近くの飲食店から運ばれてくることもある。何度か年配の女性が部屋の掃除をしているのを見たが、アレイスの母親にも見えないし、定期的に通っているというわけでもなさそうだ。
人は入れ替わり立ち替わり、ひっきりなしにやってくる。多いときには部屋が埋まるし、少ない時でも全くいないということはない。年代も性別もばらばらで、彼らは当然のように空き部屋の場所を訪ねて泊まっていき、食事が欲しい時はそう言って食堂に降りてくる。
何かの仲間だろうか、と思うのだが、彼らは全くと言っていいほどに会話をしない。レイナはここで出会う人たちに、いつも笑顔を向けるようにしているが、笑顔や言葉が返って来ることは稀で、大抵は困ったような顔をされる。レイナに話しかけられるのが嫌なのか、それとも何か事情でもあるのか。レイナ自身、アレイスから知らない相手と余計な会話はするなよと言われていたので、彼らも同じようなことを言われているのかもしれない、とも思う。
「ええ、またお会いできると嬉しいです。お気をつけて」
レイナがいうと、視線をそらしていた方の男性も顔を上げた。
彼はじっとこちらの顔を見ていたが、結局、何をいうわけでもなく軽く頷いた。彼らは食事を終えると、足元に置いていた荷物だけを拾い上げ、そのまま玄関から外に出て行く。身軽に外に出て行った彼らの後ろ姿を窓越しに見ながら、レイナは一つ、息をつく。
アレイスがここにいるときには、何度か一緒に外を歩いた。
剣も持たずに外を歩くことは非常に不安だったのだが、アレイスも何も持ってはいないように見えるし、道行く人も帯剣している人は少ない。彼と一緒にいくつか買い物をしたり、外で食事をとったりして、他人とも話してみたが、全く敵意のようなものは感じなかった。
王都を出て一人でさまよっている時には誰もが敵と思ったが、アレイスと一緒に歩いている限り、外の景色は平和そのものだった。アレイスが言う通り、レイナの着ている服や持っている剣が想像以上に目立っていたのだろうか。それとも単に男性と一緒に歩いているから狙われないのか。
単純に悪意のある人間ばかりがレイナによってきていたのかもしれない。だが、普通の顔をした善良そうな町民も、もしかしたらそれは表の顔で、弱みを見せた途端に喉元を食い破ってやろうと豹変する可能性はある。そんなことを考えると、誰を信用すれば良いのか分からず、外に出るのは少し怖い。
アレイスは勝手に外に出るなよと言った。
言ったが、別にレイナは部屋に閉じ込められているわけでもなければ、荷物などを取り上げられているわけでもない。つい先日には、新しい剣も選ばせてくれたのだ。装飾などはないが、どれも自分が王都から持ち出した剣と比べても遜色のない立派なもので、裏庭で何度か振ってみたが問題なく手に馴染む。
だから、出て行こうと思えば、いつだって出ていける。もしかしたら、ラウが監視役なのかもしれなかったが、彼はレイナがどこにいるかなど全くの無頓着であるし、今も炊事場にこもって姿も見えない。
逃げられない状況ではない、というのが余計にレイナを思案させる。
今のところ、ここから逃げなければいけない、という状況ではない。アレイスはレイナに手を出してくるわけでもなかったし、言葉どおりに部屋も食事も無償で提供してくれている。ラウは聞けば何でも親切に教えてくれるし、クルーたちもレイナのことを気づかって一緒に食事を取ろうと言ってくれる。
だが、アレイスの狙いは分からない。
彼はレイナのことを元貴族だと知ったうえで、助けてくれたのだ。ここがどういった場所かも分からず、本当にここが信用できる場所なのかどうかも分からない。もしかしたら、逃げ出すチャンスは今しかないのではないか——そんなことを考えると居ても立っても居られない気分になり、毎日のように焦りを感じている。
窓の外を行き交う人々を複雑な思いで眺めていると、突然、ドアが乱暴に開かれた。
びくりと体が震え、レイナはとっさに懐のナイフに手をかけていた。だが、中に入って来たのは見慣れた小さな顔。
「レイナ! アレイスはいる?」
そう叫んだリュカが、怪我をしていてレイナは驚く。頰は擦りむいたように血がにじんでいたし、破れたズボンからは血に濡れた膝が見える。ぜいぜいと息をきらしているから、ずっと走ってきたのだろう。
「どうしたの、その怪我」
レイナがそういうと、彼は強く首を横に振ってからもう一度、アレイスは、と言った。




