第二章(10/10)
レイナはアレイスの少し後ろをついて歩きながら、町の様子を見回していた。
レイナたちのいた建物の近くはあまり店などなかったが、少し歩くと店の建ち並ぶ道がある。必要なものがあれば買えと言われたが、服は与えてもらったし、食べ物にも困ってはいない。水を入れて運ぶための水袋などは、荷物と一緒に盗まれてしまったため何なら欲しいのだが、そんなものを買っては逃げ出す準備をしていると思われるだろう。
風が吹いてフードが飛びそうになり、レイナは慌てて頭を押さえた。金髪はどうしても目立つからこうして隠してはいるが、レイナの白い肌や青い目はどうしようも無い。歩きながらも人の視線が集まっている気がして、胃が痛くなる。
「もうちょっと堂々としてろよ。余計に目立つぞ」
振り返ってそう言ったアレイスは、いつもどおり薄い半袖のシャツ一枚とズボンだった。レイナのなるべく肌を出さない格好とは対照的だが、どちらの格好も浮いてはいないはずだ。汗をかく陽気のため近くに移動するだけの人間は軽装だし、長距離を歩く旅人なんかは強い日差しを避けるために外套で肌を隠している。
おどおどと歩いているつもりはなかったが、レイナは改めて普通の様子でいるように努める。
が、なんなら彼が目立っているのではないか、とも思わないでもない。バランスの良い長身に、それなりに珍しい明るい髪色。何ら派手な服を着ていなくとも目は惹くし、目鼻だちのはっきりとした整った容姿も魅力的ではある。
「これ、私のために買ってくれたの?」
外套の前を合わせながら言ったレイナに、アレイスは首を傾げた。
「あんたが着てたやつはだいぶ目立つからな。王都から持ち出したやつだろ」
言われてレイナは自身が着ている外套を見下ろす。さほど安物にも見えず、生地もしっかりしているし、色や形も別にレイナが着ていたものと大きく違いがないように見える。
「……なるべく目立たないものを選んで準備したつもりだったんだけど」
「今さら言っても仕方ねえけど、持ち出した服は処分して、こっちで全部新しく調達すべきだったな。せっかくその目立つ顔や髪を隠しても、そもそも服から目立ってた」
だからあんなに人から狙われていたのだろうか。レイナが考えながら歩いていると、前にいたはずのアレイスはいつのまにか隣に並んでいた。
「教育は十分に受けてるんだろうし、頭は良さそうだが、そもそも世間知らずなんだろうな。どうせ身の回りのことは全部やってもらえるんだろ」
世間知らず、というか王都の外のことは何も分からない。それは十分に自覚していたが、それを人から指摘されると嫌な気分になる。どうせ身の回りのことをやってもらえる、なんて言葉にもだ。たしかに王都で身の回りのことをやる必要などない。だがレイナは王都を出てから困らないようにと、簡単な料理や裁縫くらいは出来るようにと練習していたのだ。
黙ったレイナを面白そうに見下ろして、アレイスは言う。
「あんたにやる気があるなら、家事くらいはラウに教えてもらえばいい」
「ラウ?」
「あいつは外に出ない代わりに、一日中なにかしら料理なり掃除なりをやってるみたいだからな。さっきの飯を作ったのもたぶんラウだぜ」
レイナは先程の食事とラウの顔を思い出して目を瞬かせる。食事は王都で食べていた時と変わらないくらい美味しかったし、失礼とは思うがラウが料理や掃除をしている姿は全く想像もできない。
彼は彼で家事を仕事にしているということだろうか。そう考えると、レイナもしばらくあそこで暮らすのなら何かしら手伝えるに越したことはない。
「分かった。ラウに頼んでみるわ」
頷いたレイナに、彼は面白そうな顔をする。
「随分と素直だな?」
「そんなにひねくれものだと思ってるの?」
「少なくとも自尊心は高いんじゃないかと思ってるんだが」
言われてレイナは苦笑する。
レイナを見てそう思っているのか、貴族というものがおしなべてそういうものだと思っているのかはわからない。だが、確かに貴族であり魔術師である、という人種は、総じて何かしらの自負はある。選ばれた人間だという自負や、国を動かしているという自負、自身の力に対する誰にも負けないという自負。レイナだって魔術を手に入れられると信じていた子供の頃には、そうした自負を持っていた。
「どうかしら、自分では分からないけれど」
「こだわりがないなら、あんな立派な剣は持たないことだ。レイナのような華奢な見た目で、あんな剣を下げられたら誰だってぎょっとする。——その目立つ髪もな。切るなり染めるなり、王都を出る前に何らか手はあったと思うが」
急に痛いところを突かれ、レイナは返す言葉を失った。
髪を切ることは、王都を出る前に何度も考えた。一人で生きていくにあたっては、少女より少年と思わせた方が良い場面があるだろう。顔は変えようがないが、背中まで伸びた金色の髪を少年のように短くして、男性用のゆったりとした服を着れば、一目見て女性とは思われないかもしれない。
そう考えたが結局、レイナは髪を切らなかった。まとめて帽子に入れるなりフードをかぶるなりすれば髪は見られないだろうし、少年と思わせたところで小柄なレイナはどちらにせよ良いカモだろう。髪を切ることにどれほどの意味があるのだろうか——と、そう考えたのだ。だが、その中には、切りたくなかったという自分の欲も確かにあった。
長い髪を特別気に入っているわけではない。
だが自分は家族と別れて身分も持ち物も全てを剥奪されて王都を出される。その上、自分の体の一部である髪まで切らされる、というのはなんだかすごく不条理であるような気がしたのだ。それは自分の運命に抗うことのできないレイナにとって、唯一できる、ささやかな抵抗だったと言ったら大げさだろうか。
そう考えると、髪は確かに拘りだったのかもしれない。
黙ってしまったレイナをどう思っているのか、アレイスは言葉を続けてこなかった。そんな彼に向けて、レイナはぽつりと口にする。
「……剣にこだわりはないわ。そんなに立派なものなら、あなたにあげる」
彼はこちらの顔をじっと見てから、なぜだか彼は自分の明るい色をした髪をつまむ。太陽の光に透かされた彼の細い髪は、茶色ではなく金や赤にも見えた。
「剣は適当に売っぱらって新しいのを買ってやるよ。髪は俺は長い方が好きだから、俺の許可なく切るなよ」
レイナが彼の言葉を受けて髪を切るかもしれないとでも思ったのだろうか。とってつけたような彼の言葉に苦笑した。
そんなことを言われると、これまでこだわっていたのが嘘のように、髪の長さなどどうでも良くなる。むしろ目の前の男への当てつけでばっさり切ってやろうかと思ってしまう自分は、プライドなどではなく単なるひねくれ者なのかもしれない。




