第二章(9/10)
廊下は長い。二階にはレイナがいた部屋以外にも、いくつも部屋があるようだった。階段を降りると、そこには大きな食堂のような場所がある。テーブルはいくつもあったのだが、埋まっているのは一つだけだった。その唯一の席に座っていた小さな人物が目を輝かせるのが見えて、レイナは瞬きをした。
「レイナ」
声を出してから駆け寄ってきたのはクルーである。彼がいた席の向かいには、リュカが座っていた。彼らは食事中だったのか、テーブルの上にはお皿が乗っていたが、すでに食べ終わっているらしい。ずっと窓越しで話していたためわからなかったが、彼はやはり子供である。思ったよりも小柄な彼を間近で見下ろしていると、黒髪の彼はぱあっと花が咲くような笑顔で言った。
「レイナ、外に出られてよかったね。明日は一緒にご飯を食べられる?」
一瞬、彼の質問になんと答えれば良いのかと困ったが、その時にはクルーの視線はレイナではなくアレイスに向いていた。そもそも彼に許可を求めていたのだろう。
「好きにすればいい」
「やった!」
「それより、クルー。随分と仲が良さそうじゃねえか」
アレイスの言葉にレイナはどきりとする。彼はアレイスからレイナに近づくなと言われていたはずだ。ばれたら怒られるかも、と言っていたように記憶していたが、クルーは楽しそうに笑っただけだった。
「いつも庭からお話ししてたの」
「まあいい。どうせ止めたところで、お前が近づかないとは思ってない」
彼は中央のテーブルに座ると、向かいにレイナを座るように促した。レイナはそこに腰をかけながら、さりげなく周りを見回す。
四人がけのテーブルが六つ。食堂のような場所、ではなく食堂なのだろう。二階に同じようなドアがいくつも並んでいたことから、ここは家ではなく、宿のような場所なのだ。明るい光の差し込む大きな窓からは通行人が見えるし、向こうからも食事をしているこちらの姿は見えているだろう。何かあれば外に助けを求めることもできる。誰が助けてくれるのかは別として。
「あとで一緒に外に出るか?」
外を見ていたからだろうか、急にそんなことを言われて、レイナは驚いた。アレイスはラウが持ってきた飲み物に口をつける。ラウはレイナの部屋にいつも食事を持ってきてくれていたが、ここでも食事を運ぶ役割をしているらしい。レイナはお礼を言ってから、温かいスープとパンを受け取った。
「出ていいの?」
「レイナが出たいならな。ついでに必要なものがあるなら買ってやるよ」
「……そんなことまで言われると怖いのだけど」
アレイスは一瞬わけがわからないような顔をしたが、やがてレイナの言葉の意味がわかったのか、軽く笑った。
「見返りはなんだ、って?」
「親切には相応の下心があるんでしょう?」
「人の親切を素直に受け取れないってのは可哀想だな」
それは確かに可哀想だ、と自分でも思う。だが、別に彼だから特別に信用できないというわけでもない。王都を出てからここに来るまでの一週間ほどでも、色々と痛い目は見てきたのだ。
「外に連れ出して何か買ってやったくらいで、恩を着せる気などねえよ。だいたい恩だの見返りだの言うなら、そもそも山ほど溜まってるはずなんだがな」
笑いながら言われ、確かに、と思う。助けてもらって怪我を治療してもらって、部屋も食事も何不自由なく与えられている。恩を着せるなら今でも十分に着せられるはずだ。どうせ多少それが増えたところで、レイナが返せるものなど限られている。
それなら連れて行ってもらおうか、と思ったレイナだったが、ふと気付いて自分の格好を見下ろした。腕や足の出た服装はレイナの中では完全に部屋着で、今更ながら食堂に降りてきたことすら恥ずかしい。
「……この格好で外に出て良いの?」
「俺は気にしないが、目立つだろうな。新しい外套も準備してるから、ラウに出してもらえばいい」
アレイスの言葉にほっと息をつく。外に出るためのものを準備してくれていたということは、最初からこうして連れ出してくれるつもりだったのだろうか。
「それなら、連れて行ってくれる?」
アレイスは、ああ、と返事をしてから、なぜか食事を並べていたラウを見上げる。
「お前も行くか?」
どこか楽しそうなアレイスに対して、ラウはまるで聞こえてもいないかのように無言でテーブルから離れた。普通なら二人の仲が悪いのかと思うところだが、レイナもラウと話していて、なんども無視されたことがある。悪気があるのかないのかは分からないが、彼は答えたくない問いや答える必要のないと思う問いには、全くの無反応なのだ。
「相変わらず、つれないな」
アレイスはそう言って笑う。意に介した風でもないから、やはり彼にとってもいつものことなのだろう。じっと見ているレイナの視線に気づいたのか、アレイスは軽く肩をすくめた。
「あいつはレイナと違って外に出たくないらしい。放っておけば何年だろうが引きこもってるからな。よっぽどここの居心地がいいんだろうよ」
私なら外に出ない、とラウがレイナに言ったのは、比喩でもなんでもなかったらしい。よほどここの居心地がいい——というよりも、彼はよほど外に出たくないのではないだろうか。彼の肌は日に当たらないからか、透き通って病弱に見えるほどに白い。




