第二章(4/10)
「あなたも、王都にいたの?」
レイナの言葉に、彼はずいぶんと考えるような長い間を置いてから、ええ、と言った。その答えにレイナは思わず息を飲む。王都を出される貴族は、年に一人もいるかいないか。さほど年の離れていない元貴族に、こんなに広い外の世界で出会えるなんて、奇跡に等しい。聞きたいことは山ほどあった。
だが、なぜだか彼はゆっくりと首を振る。
「ですが私は、あなたと過去の話をするつもりは一切ありません」
きっぱりとした拒絶に、レイナは出鼻を挫かれる。
彼は静かな青い瞳をレイナに向けた。薄い青は、ガラス細工のように美しく、まるで造り物のように見える。アレイスは彼のことを綺麗だと言ったが、王都で貴族を見慣れたレイナから見てもそう思えた。血の通った人間というより、繊細で美しい、出来の良い美術品を見ているかのようだ。
彼はいったいどうやってこれまで生きてきたのだろう。
レイナは王都を出てからまだ十日。そのうちの数日はここで眠っていたのだろうが、まだ十日しか経っていないのだ。もうその数十倍は経ったのではと思うほどに、本当に色々なことがあった。
彼は二十は超えているように見えるから、もう何年も王都の外にいる。今のレイナには気が遠くなるような年月だった。過去の話をしたくない、というのは思い出したくもないほど辛い過去があるということだろうか。もしくは王都を出たばかりのレイナと、王都についての話をしたくないと言っているのか。
だが拒絶しながらも、やはり彼は自ら部屋を出て行く気配はない。レイナと全く話をする気がないわけでもないらしい。そう前向きに解釈して、レイナは首をかしげて見せる。
「じゃあ、何の話ならしてくれるの?」
彼はレイナの言葉に少し考えるようにしてから、言った。
「必要なものがあれば、仰ってください。剣はお返しできませんが、新しい衣服や靴もお渡ししますし、食事も食べたいものがあれば準備します。私の部屋は隣にありますので、何かあれば壁なりドアなり叩いてください」
彼は軽く壁を叩いてから、窓にはめられた格子を眺める。
「ですので、ここを出て行かないでもらえると助かります。あなたなら、私を攻撃して逃げ出すことも、私たちの目を盗んで出て行くこともできるかもしれませんが」
あなたなら、と言うのは、貴族として王都で様々な教育を受けている元貴族なら、と言うことだろうか。目の前の彼も、武器も持っていないし、華奢で戦闘向きであるようには見えない。だが十六まで王都にいたのなら、少なくとも最低限の剣の心得や武術の心得があるはずなのだ。
「……出て行くと、あなたのボスに怒られるから?」
「さあ。私があなたを逃したところで、彼が怒るかどうかはわかりませんが」
ラウはそう言ってから、窓の外を見た。
「私があなたなら、外には出ません。味方なんて、どこにもいませんよ」
感情のこもらない言葉に、彼がこの世界で過ごしてきた年月の重みがある。味方などどこにもいない——レイナもこの十日間でそれを何度も考えた。だが、レイナのそれは自分の味方が現れるのを期待するが故の想いだったが、彼のそれは単に事実を述べているだけのように聞こえた。
外には味方はいない。だが、それならば。
「アレイスは、味方なの?」
「さあ」
短く言われた回答に、レイナは首をかしげる。
「あなたにとっても、味方じゃないの?」
「さあ」
はぐらかしているとか、何も考えていないとか、そんな言い方ではないが、彼にとっても味方かどうか分からないというのはどう言うことだろう。レイナは彼らの関係性がわからないので、首を傾げることしかできない。
彼は望んでここにいるわけではなく、レイナのようにここに捕らえられ、意に反して彼に従っているのだろうか。だが、外に出るよりもここにいた方がマシだと思っているのなら、少なくとも彼は自発的に出て行く気はないのだろう。
考えてもわからないことを考えても意味はないし、これ以上は聞いても意味がない気がした。レイナはとりあえず今、一番聞くべきだと思うことを聞くことにする。
「ラウは、私の敵じゃない?」
彼は少し考えるようにしてから、やはり、さあ、と言った。
「少なくとも、あなたを傷つける気はありません。ただ、あなたがここを出て行こうとするなら、止めるかもしれません。一応は、あなたを頼むとアレイスに言われていますから」