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第二章 あたらしい出会いと閉塞(1/10)

 目を開けた瞬間、目の前に人の顔が見えて、レイナは小さな悲鳴を上げた。思わず上半身を起こして、がんと頭蓋内に響いた強い痛みに顔をしかめる。全身がぎしりと痛む。


「だれ?」


 寝ていたレイナを見下ろしていたのは、見たことのない男性だった。彼は悲鳴を上げたレイナからゆっくりと離れると、何も言わずにレイナを見つめた。薄い金色の髪と、ほとんど日に当たっていないのではないかと思うほど、白くて透き通るような肌。全く汚れのない真白なシャツを着て、清潔感のある身なりをした彼は、これまで王都を出てから出会った人たちとは雰囲気が違う。


 ——そこまで考えて、半ば寝ぼけていたレイナの意識は一気に覚醒した。


 ここは王都ではないのだ。守られており、何の危険も存在しなかった家ではない。それに気づくや否や、心臓がどくどくと早鐘のようになり、呼吸が苦しくなる。咄嗟に周囲を見回すが、剣やナイフはおろか、武器になりそうなものは何もなかった。


 そうして恐怖を覚えて部屋にいる男を見ると、随分と長身に見えた。特段に鍛えているようには見えないが、こちらが攻撃すればそれなりに動けるのではないか、という印象がある。冷たい水色の瞳は、感情がこもらずに何を考えているのか窺わせない。彼が手を持ち上げたので、レイナはびくりと体を震わせる。だが、彼は手にした包帯のような白い布を示しただけだった。


「驚かせてしまって、申し訳ありません」


 優しげ、というわけではないが、角のない穏やかな声。


 彼の視線を追うようにレイナは自身の腕を見下ろすと、ひらりと包帯の端が下がっているのが見える。治療をしてくれているところだったのだろうか。そうして体を見下ろすと、なぜか自分が下着姿であることに気づき、慌ててシーツを胸元まで引っ張り上げた。


 裸というわけではないが、服を着ていないということに関して全く心当たりはなかったし、いい想像など何も浮かばない。だが、目の前の男性は、慌てて体を隠したことにも、そもそも服を着ていなかったことにも、気づいてすらいないかのようになんの反応も見せなかった。彼はすっと視線をレイナの横に流した。


「水を飲まれるのでしたら、そちらに」


 寝台の横にある卓に、透明な液体の入ったグラスと水差しが置かれている。少しだけ警戒したが、それも一瞬だった。喉の渇きから本能的に手を伸ばすと一口、口に含む。汲んだばかりのような冷たい水が喉を流れ落ち、思わず一気に飲み干していた。


「こちらの水は好きに使用してください。必要でしたら、またお持ちします。食事は召し上がれますか?」


 こちらが答えられずにいると、男性は静かに近づいてくる。手を伸ばされて体を硬直させるが、彼はレイナの腕から垂れていた包帯を止めてくれただけだった。その手つきも壊れものに触れるかのように丁重なもので、こちらに対する害意のようなものは全く感じさせなかった。


 白くて細い綺麗な手。だが、手の甲には切られたような大きな傷がある。彼はレイナの視線に気づいたようだが、特に気にしない様子で手を引いた。


「食事をお持ちしますね」


 そう言った男を見上げると、水を飲んでレイナ自身が落ち着いたのか、彼の水色の瞳が随分と柔らかく見える。どこか懐かしくもある瞳の色に、レイナの心が少しだけ凪いだ。


「ここはどこ?」


 レイナの問いに、彼は少し考えてから答えた。


「アレイスの家のようなものです」

「アレイス?」


 レイナの問いに対する答えはなかった。彼はもう一度、食事をお持ちしますね、というと部屋を出て言った。その際、部屋に鍵がかかる音がして、レイナは目を瞬かせる。


 改めて部屋を見回すと、部屋の窓には格子のようなものが付けられていて、外に出られないようになっていた。また、窓から見える景色からは、ここが一階ではないことがうかがえる。


 監禁されているのだろうか。真新しい壁や床の色は明るく、寝台と小さな机、椅子が置かれている様子は普通の部屋のようだった。服をかけるためのポールスタンドもあり、机の上には一輪挿しの花瓶と、赤色の花が飾られている。だが、普通の部屋には窓に格子はついていないだろうし、部屋に外からかける鍵もないだろう。


 気を失う前に出会った男性。レイナを助けようかと言った彼が、アレイス、という人物なのかもしれない。彼は言葉の通り、レイナを自分の家に連れて帰ったのだろう。どういうつもりかは知らないが、やはり言葉どおり怪我の手当をしてくれる気もあったらしい。体の怪我を確認してみたが、腕以外の傷も、真新しい包帯に変えられているようだった。


 寝台から降りようかと思ったが、体は重く、肩や足が痛んだためやめた。どうせ、降りたところで逃げられないのだ。荷物もなければ剣もない。それどころか、服すらない。


 それを考えると、レイナの服を脱がせたのは、もしかしたらここから逃げ出せないようにするためなのかもしれない、と思う。


 傷の治療をされているようだから、良い方に考えれば怪我を診るために服を脱がせたのだろうと思う。だが悪いように考えれば、レイナの意識のない間などいくらでも嫌な想像はできるから、それを考えるくらいなら、レイナが服の中に隠していた武器を取り上げ、ついでに逃げられないようにした、と考える方が何万倍も健全だ。


 そんなことを考えているうちに、階段を登って来る音がして、レイナは息を飲んだ。立ち上がる時間もない。どうすることもできない。意味があるとも思えないが、胸元まであげたシーツをさらに引き上げることしかできなかった。


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