付与術師、剣聖ランカスターを訪ねる
「おい、何かあったのか?」
心優しい俺が、よれよれのクルスにそう尋ねた。
クルスは盛大に舌打ちした後、顔を横に向ける。
「お前には関係ないだろ!」
「そうか? まあ、確かに関係ないな。達者でな」
あっさりとクルスとの会話を打ち切り、俺は前へと歩き出す。
そんな俺をクルスが呼び止めた。
「……ま、待て!」
「? なんだ? 会話を拒否したのはお前だろう?」
「お前……どこに行くつもりだ?」
「この街の領主の家だ」
「……なんのために?」
「剣聖ランカスターに会うためだ。使える仲間が欲しくてな」
その言葉を聞いた瞬間――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ゲフッウェッフッハ!」
なぜかクルスが叫び出した。おまけに、その絶叫は盛大なクルス自身の咳き込みで中断されてしまった。
いきなりの反応に俺は思わず身体を震わせてしまう。
戦士がクルスの背中をさすった。
「おい! 無茶するな! 喉を痛めているんだから!」
「あ、ああ……ゴホッ、ゴホッ!」
そんなやりとりを見て、そして、クルスたちが来た方角から考えて、俺は結論に達した。
「ははぁん。お前もランカスターに会いにいった口か。で、腕試しか何かでしこたまやられたと」
「だ、黙、ゴホッゴホッ!」
「おい、ルーファス! あまりクルスを挑発しないでやってくれ!」
隣に立つ騎士が叫ぶ。
挑発……? そんなつもりは微塵もないんだがな。心の底から心配しているのに。なかなか俺の優しさは伝わらないようだ。
クルスは会話が無理なようなので、騎士に尋ねる。
「ランカスターはどんなやつだった?」
「ランカスターには会え――」
「言うな!」
ぴしゃりとクルスが遮った。
「お前に教えることなど何もない!」
「……やれやれ。嫌われたものだな」
清く正しく誠実に生きているつもりなんだが。
俺は肩をすくめて別れを告げると、領主の館を目指して歩き始めた。
正門が見えてきたところで――
「おやおや? 散歩していたら大発見! 夢にまで見た付与術師ルーファスじゃない!」
やたらと気軽な声が飛んできた。
視線を向けると、腰に2本のショートソードを差した小柄な美少女が立っていた。
目が好奇心で爛々《らんらん》と輝いていて、俺の爛れた心とは実に相性が悪そうだ。
「あなた、付与術師ルーファスだよね?」
「人違いだ」
即答した。
人間不信の俺は、知らない人に呼びかけられたら別人だと言うことにしている。
だが、少女はへこたれなかった。
「そんなことないよ! 永遠に不機嫌そうな表情、死人のような暗黒の瞳、性格の悪さが滲み出た口元! そんな黒髪の男は付与術師ルーファス以外にありえないよ!」
「なるほど」
俺はおかしくて笑った。
確かに、俺の特徴を正しく表している。俺だって俺をそう評するかもしれない。俺は少女に向き直った。
「嘘をついて悪かったな。確かに俺がルーファスだ」
「よかった! その性格がすごく悪い感じ、間違いなくルーファスだね!」
「ははははは。口に気をつけろよ。こいつは喧嘩を売っているのかな? とは思っているぞ?」
「ふふっ」
少女は俺の言葉を微笑で受ける。
「……わたしが剣聖の弟子だと言ったら、興味を持ってくれるかな?」
「なに?」
「ここに来たのは剣聖ランカスターに用があるからじゃない? わたしに勝てれば、剣聖に会わせてあげるけど、どうかな? それなら喧嘩を買ってくれるかい?」
「面白い」
こいつに興味がわいた。腰の双剣は飾りじゃないってことか。
「買おうじゃないか」
人の目があるここじゃまずいから――
と言って、少女は領主の館へと歩き出した。門番に「ちょっと庭を使うから、あと、リノにルーファスが来たって言っておいて」と伝えて門の内側に入る。
そのまま館には向かわず、道をそれて庭の奥へと入っていく。
少し開けたところで少女が足を止めた。
「はい、ここだよ」
そう言って、少女が振り返る。
「さぁて、ランカスターの弟子ミッシェルに勝てるかな?」
言うなり、しゃらん、とミッシェルが2本のショートソードを抜く。
その動きを見て俺は――
「弟子、ねえ……」
俺はぴりぴりと肌が痺れるような感覚を覚えながら、こう続けた。
「……弟子なのに腕前は剣聖相当なのか?」
「え?」
「剣を構えたときの雰囲気が一流のそれだ。動きも洗練されている――いや、お前、気づかせるつもり満々だろう?」
こいつから立ち上る『剣気』、その威圧感が尋常じゃない。剣を持つ人間でこれに気づけないとすれば見込みがなさすぎる。剣を捨てて一般人に戻るのをお勧めするレベルだ。
隠すつもりのない圧倒的な圧力。
これほどのものを発することができるのは間違いなく剣聖の域に達する使い手――
「あっは! 気づいてくれた! さすがだね、ルーファス!」
「どうして、そんな面倒な嘘を?」
「試験だよ、第一の試験! わたしの剣気にも気づかないで、弟子だと侮る程度の人間はお払い箱さ!」
「はは。試験になるのか、それ?」
俺は笑ってしまった。これだけの圧力の持ち主を侮るなんてありえないのだが。
「俺は合格したようだが――もう終わりか?」
「いやいや! 言ったじゃない、第一の試験だって! 第一があるってことは第二もあるってこと!」
ずん、と俺たちを取り巻く空気の重量が増す。
物理的な意味ではなく、心理的な意味で――目の前にいる少女が発する威圧感が飛躍的に増していく!
「さあ、次は実技試験だ! 剣聖に至ったわたしを楽しませてくれるかな!?」
ミッシェルの小柄な体躯が跳ね飛んだ。
一瞬にして彼我の間合いがゼロに縮む。
ひゅっ。
空気の断ち切れる音とともに、双刃が俺に襲いかかってきた!
速い!
ただの付与術師でしかない俺では反応できないだろう。切り刻まれて、終わりだ。
だが、俺には剣聖アシストがある。
危険を察知していた俺は、腰にさしている短剣のつかを握っていた。
この短剣には常時、剣聖アシストが付与されている。
武器を持っていれば、俺に敗北はない。
俺の付与術が、俺の動きを剣聖の領域まで押し上げるのだから!
俺は短剣1本と体術を駆使して、2本の剣が暴れ狂う領域から逃げ延びる。
「へー、やるじゃない、さすがだね!」
少女が俺を見てにやりと笑う。
女はそう言った後、俺に剣を向けた。
「ま、だけど、余裕ってわけでもないか?」
言葉と同時、俺の着ていたローブのあちこちが、ぴっと音を立てて裂ける。
剣聖アシストでも完全に回避できない――
だが、それは別に意外でもなかった。放たれる斬撃の速度が間違いなく一流を超えている。
彼女の腕前は俺の剣聖アシスト以上だ。
剣聖とは剣士の最高到達域。とはいえ一言で剣聖と言ってもピンからキリまである。
俺が使う剣聖アシストは、残念ながら『剣聖』ランクでは下のほうだ。あくまでも魔術で再現しているだけなのだから、これは仕方がない。
少女は口を開いた。
「わたしはね、どうやら天才みたいなんだ。だからさ――」
ミッシェルが双剣を構え直す。
「わたしの天賦に君が届くのかどうか試させておくれよ!」




