勇者クルス、剣聖ランカスターを訪ねる
勇者クルスは剣聖ランカスターがいると言われている街ミンツにやってきた。
街の人間に聞くとランカスターは領主の屋敷に滞在していると教えてくれた。
クルスは高い塀に囲まれた領主の館にやってきた。
「おい、ここに剣聖ランカスターが滞在しているのか?」
門を守る兵士に尋ねる。
怪訝な表情を浮かべる衛兵をクルスは一喝した。
「俺は聖剣を持つ勇者クルスだ!」
ばん! とクルスは腰に差した2本の剣のうち、1本を叩く。その柄は間違いなく聖剣グロリアスのものだった。そして、出立時に王から渡された印籠を差し出す。そこに刻まれた王家の紋章を見て、衛兵たちが小さくのけぞった。
クルスが自信たっぷりに言い放つ。
「剣聖ランカスターを勧誘するためにここに来た! 領主とランカスターに急ぎ取り告げ!」
「しょ、少々お待ちください!」
あたふたと兵士のひとりが館の奥へと引っ込んだ。
その姿が勇者クルスの心を気持ちよくさせた。自分の言動に慌てふためく姿を見るのはとても気持ちがいい。
しばらくして、兵士が連れてきたのは身長が140センチくらいの小柄な美少女だった。歳は12歳くらいだろうか。くすんだ金色の髪を短く切っている。
生意気にも、腰の左右に2本のショートソードを差していた。
「やあやあ、お兄さん。剣聖ランカスターに用なの?」
「なんだ、お前は?」
「剣聖ランカスターの弟子だよ。名前はミッシェル」
「弟子ぃ?」
クルスの心は一瞬にして不快になった。
(勇者クルスが来たのだぞ! ランカスター本人が迎えにくるのが筋だろう!)
そう思ったが、口にはしなかった。
「ふん、そうか。ランカスターのもとまで案内してもらおうか 」
「いいよいいよ、ついておいで!」
気楽な様子で言うと、ランカスターの弟子ミッシェルは門の向こう側へと戻っていく。
(……ガキが! 勇者であり一代男爵――貴族である俺に馴れ馴れしい口を!)
いらいらしながら、勇者クルスは前衛トリオを引き連れて門をくぐった。
そのまま屋敷に向かうのか――
と思ったが。
ミッシェルは屋敷に向かう道から逸れて、ずんずんと庭へと逸れていく。
クルスが訝しんでいると、少し開けた場所でミッシェルの足が止まった。
「はい、ここだよ」
「ここ?」
「うん、ここで試験を受けて欲しいんだ。剣聖ランカスターと並び立つだけの力があるのか。ランカスターの弟子ミッシェルが相手になるよ?」
言うなり、しゃらん、とミッシェルが2本のショートソードを抜く。
クルスはいらっとした口調で言い返した。
「失礼なやつだ! 俺は勇者だぞ! 俺は男爵だぞ! 平民の分際でランカスターは俺を試すのか!? しかも、弟子!? お前のようなクソガキを相手にしている暇はない! ランカスターを出せ!」
「……平民? ああ、確かに師匠は平民だったね」
そうつぶやいてから、ミッシェルは興奮するクルスを鎮めようと手をひらひら振る。
「まあまあ。手順はあるからさ。で――」
ミッシェルは苦笑しつつ受け流し、こう続けた。
「ルーファスは誰?」
……………………。
……ルーファス?
言われている意味がわからなくて、クルスしばし言葉を失った。
「……ルー、ファス? 待て、尋ねてきたのは勇者クルスだと伝えたはずだが?」
「うん、聞いたよ。付与術師ルーファスは勇者クルスと一緒にいるんだよね? だから、ルーファスを出して欲しいんだけど」
「はあ!? お前は何を言っているんだ!?」
勇者クルスはミッシェルが言わんとしていることを理解した――理解できたからこそ、大声を上げる。
「用があるのは俺だ! この俺、勇者クルスだ! ルーファスは関係ないだろ!?」
「え? こっちはルーファスに用があるんだけど? どこにいるの?」
勇者クルスは頭が真っ赤になった。
軽んじられている! 勇者であるこの俺が! 付与術師なんぞクソジョブよりも!
ばん! と再びクルスは聖剣を叩いた。
「ルーファスはもういない! 用があるのはこの俺、勇者クルスだ!」
「ルーファスは、もう、いない?」
ミッシェルはクルスのセリフ前半だけを繰り返した。
「え、どうして? あれだけの使い手がいないの? いなくて大丈夫なの?」
「聖剣が手に入った今、あいつの付与術は役に立たない! だからクビにしたんだよ! 代わりにランカスターを誘いにきたんだ!」
「ああ、なるほど!」
愛想よく応じつつ、ミッシェルが首を捻る。そして、しばらく考えてから――
「じゃ、こちらの用はなくなったので、お帰り願ってもいいかな?」
「お前、舐めてんのか!?」
キレまくったクルスは腰の聖剣を引き抜――こうとして、隣のブロードソードを引き抜いた。
「用があるのは、この勇者クルスだ! ふざけやがって! そんなに腕試しがしたいって言うんなら、この俺が相手をしてやる!」
「やれやれ、もう君への試験は終わってるんだけどなあ」
へらへらと笑いつつ、ミッシェルがショートソードを腰に収める。
「お好きにどうぞ」
「……武器は?」
「いらないでしょ?」
「舐めやがって!」
「舐めると言うのなら――君だってどうなのさ? 自慢の聖剣は出さないの?」
「……うっ、こ、これは……!?」
切先が1/5割れているのを見せるわけにはいかない。
「お前みたいな雑魚に見せてやる代物じゃねえんだよ! 行くぞ!」
言うなり、クルスがブロードソードで斬りかかる。
その刃がミッシェルをとらえ――
「遅いよ」
ミッシェルの手があっさりとクルスの手首をつかみ、押す。少女の力とは思えない圧力、クルスの体勢が一瞬にして崩れる。
バランスを失ったクルスの足をミッシェルが蹴り飛ばした。
「おお!?」
間抜けな声をあげてクルスが尻餅をつく。
腰を落として、低くなったクルスの喉元にミッシェルが手刀を叩き込んだ。
「かっへえええええええええええええ!?」
とんでもない激痛に、クルスは喉を押さえて倒れ込んだ。
ミッシェルは手首をぶらぶらさせながらつぶやく。
「ごめんね。ま、でも止めたのにやりたいって言ったのは君だからさ。中途半端に終わらせると未練もあるかなって思ってね」
「くおおおおおお、おおお!」
「それじゃ、落ち着いたらでいいんで、お帰りを」
去り際、ミッシェルが振り返ってこう尋ねた。
「あ、そうだ。付与術師ルーファスがどこにいるか知らない?」
「知る、ゲボッ! か!」
クルスは喉を押さえながら叫んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺は剣聖ランカスターが滞在している街ミンツまでやってきた。
街の人間に尋ねると、ランカスターは領主の館に滞在しているらしい。
じゃ、領主の館に向かうとしよう。
館に続く大通りを歩いていると、前から見覚えのある一団がやってきた。
……うん?
どうやら勇者クルスのようだ。顔を真っ青にした勇者クルスが、戦士に肩を貸されて歩いている。ダメージが深刻なようで、足元がおぼついていない。
戦士たちが俺の姿に気づいた。
そして、クルスもまた。
その顔に苦いものが浮かんだが、俺は空気を読まずに声をかける。
「おい、何かあったのか?」




