付与術師vs無貌のエレオノール(下)
地面に倒れ伏したエレオノールの身体がびきびきと音を立てて、白い硬質なものへと変わっていく。
「う、ぐ、おお……!」
まだ動けるのか、エレオノールは地面を這いずっていくが、身体が次々と硬質化し、末端からぼろぼろと崩れていく。
石灰化――
魔族が死んだときの現象だ。アストラル・シフトができなくなり、生命力が限界に達した魔族はこうなる。
崩れた指先はまるで空気に溶けるように消えていった。
最後は何も残さない。
それが魔族の最期だ。
「ま、魔王さま、もも……申し訳、ございま、せん……」
その言葉を残し、エレオノールの身体は力を失った。白く染まっていき、崩れた先から空気へと消えていく。
俺は小さく息を吐き、両肩の力を抜いた。
エレオノールは消え、脱ぎ捨てられたローブだけが残る。
終わった――
だったらいいんだけど。
「うまい逃走だな?」
言うなり、俺は『射出』の術式を展開した。
俺が持っていたブロードソードがものすごい勢いで、文字どおり『射出』された。
狙った方向は『追尾攻撃』の気配がする方向。
細かい部分は『追尾攻撃』の効果そのものが補正してくれるだろう。
「うがああああああああああああああああああああ!?」
絶叫が響き渡った。
何もなかった空間に何かが浮かび上がる。
俺の剣に背後から胸を貫かれた、インナー姿のエレオノールが。
簡単な手品だ。
1.死んだふりをして、石灰化を変装の能力で演出する。
2.死体が消失するタイミングで本体を完全に透明化。
3.そのまま逃走。
そんなところだろう。
悪くはない考えだが、惜しかったな。
俺は地面に膝をつくエレオノールに近づいた。
「もう終わりか?」
「はあ、はあ、はあ……お、お前ごとき、人間が……!」
呪い殺すような目でエレオノールが俺を睨む。
「だが、ふふふ、最後に勝利するのはわたし! あなたの武器はわたしの胸に刺さったまま! 何に付与して戦うのかしら、付与術師!?」
叫ぶなり、エレオノールが俺に襲いかかった。
最後の力を振り絞った致命の一撃を俺に叩きつけようとする。
「油断ね!」
どうかな?
俺は一瞬で『展開』の術式を発動。意識下に封印していた別の、新たなるブロードソードが出現する。
付与術――
・強化/攻撃力+999
・支援/レベル80戦士――剣聖
俺の斬撃がエレオノールの胴体を真横に両断した。
「誰が剣は1本しか持っていないと言った?」
「く、あ、は……?」
ずるりとエレオノールの身体がずれて、地面に落ちた。急速な石灰化がエレオノールを白く染めていく。
今度こそ、終わったのだ。
「あ、あなた、いったい何本……剣を、持っているの……?」
「たくさん」
俺はにやりと笑った。
はっ! とエレオノールが笑う。
「なかなかやるじゃない、わたしをこうも倒すなんて――だけど、親切なあなたに教えてあげるわ。今のあなたじゃ、魔王さまには、勝てない……! せいぜい無駄にあがきなさいな……!」
「わかっているさ」
俺はこともなげに言った。
残念だが、人と魔族では『力の器』に差がありすぎる。生物としての領域が根本的に違うのだ。いかに傲慢なる俺といえど、それを個人で乗り越えられるとは思わない。
「仲間が必要だ。ひとりで倒すことにこだわっちゃいない」
俺は付与術師。あくまでも本業はサポートだ。俺がサポートする価値のある優秀な仲間が必要だ。
剣の領域では最強と名高い『剣聖ランカスター』が俺の頭によぎる。ちょうどこの辺に来ているらしい。どんなやつか声をかけてみるのもいいだろう。
「面白いわね……! 仲間? 協調性のない、あなたが?」
「そう、協調性のない、俺が」
厳密には――協調性のない俺とでも、魔王を倒すという一点においてのみ協調できる『自分こそ最強だと信じる頭のおかしい連中』が。
俺と同じ、才能以外は全部ダメなやつがいい。
「仲間候補として、勇者クルスは頭のおかしさではいい線いっていたんだがな……」
そこで俺は大きなため息をついた。
「ただ一点、才能のなさが残念だ」
「……あはははは……! やっぱり、あなたは別格ね――意外と……嫌いじゃ、なかったわよ……」
うふふふふふふふ、と笑い声をこぼしながら、エレオノールは塵になって消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
勇者クルスは村の宿屋でいらいらしていた。
優秀な魔術師であるミーナにまで逃げられてしまうなんて!
がん!
とクルスはテーブルにこぶしを振り下ろした。
「……なんで、ルーファスなんだ!? 俺は勇者だぞ!? 勇者の俺についてくるのが普通だろうが!」
なのに選んだのは、さほど仲が良さそうでもないルーファス。
クルスの心は屈辱に沈んでいた。
クルスのルーファスへの対抗心は、クルスが持つ劣等感の裏返しでもあった。
クルスもルーファスの有能さには気づいていた。だが、それを認めることができなかった。
俺こそが勇者であり、このパーティーの中心だ!
そんな想いがある以上、情けない事実は受け入れられない。だから、決して勇者クルスはルーファスに主導権を渡さなかった。
二人は出会うべきではなかった。
勇者クルスの狭すぎる器量と――
無能の下には立てない天才付与術師ルーファスの巨大すぎる才能はまさに水と油だった。
クルスの劣等感は日に日に高まっていき、クルスは決意した。聖剣を手にしたら、付与術師ルーファスをパーティーから追放すると。
勇者として、俺は一人前になったのだ! その俺が決めて何が悪い!
『付与術士ルーファス! 聖剣が手に入った今、お前の力は不要! 追放だ! このパーティーから出ていけ!』
そう叫んだときの気持ちよさは今でも思い出せる。
今までの劣等感が全て消え去ったかのような心地よさだった。
だけど、そこまでだった。
捨てられた子供のように、悲しみでボロボロの顔になると思っていたルーファスは高笑いとともに喝采した。ありがとう! と。
そして、出ていったルーファスのあとを、使える仲間だったミーナまで追いかけていった。
おまけに――
クルスは部屋の片隅に視線をやる。
鞘に収まった聖剣グロリアスを。
刀身の1/5を失ってしまった哀れな聖剣を。
勇者クルスの手に力がこもる。無意識のうちに声が漏れた。
「っざけんなよ……!」
その声は憤怒に染まっていた。
ようやく手に入れた『俺の聖剣』がまさかの大破。勇者の誇りである聖剣の、とんでもない状態。
折れた聖剣と、数合わせでしかない肉壁3人。
それが今の勇者クルスが持つ全てだ。
音高くクルスは舌打ちした。
「仲間だ! 俺を盛り立てる新しい仲間がいる!」
従順で、使える仲間が。
勇者クルスはすでに『新しい仲間』に目星をつけていた。
剣の領域では最強と名高い『剣聖ランカスター』だ。
今まではずっと非戦闘地域に引っ込んでいたが、ようやく前線に出てきて魔族たちを狩りまくっているらしい。
おまけに、この周辺に滞在しているそうだ。
もともとクルスがルーファスをクビにしたのも、ランカスターを仲間に入れようと考えていたからだ。
「剣聖ランカスター! お前を勇者パーティーの栄えあるメンバーにしてやろう!」
くっくっくっく、とクルスは肩を揺すって笑う。
最強の剣聖を部下にしている自分を想像して、勇者クルスはうっとりと気持ちよくなった。




