付与術師vs無貌のエレオノール(中)
「うぐおおおおおおおおおおおおおあああああ!?」
俺の一撃を喰らってもエレオノールは死ななかった。悲鳴を上げながら真後ろへと飛ぶ。
距離が開いた。
「殺してやるぞ、人間……!」
その目には、さっきまでの余裕はどこにもない。怒りの光が輝いていた。
右手首から先を失い、胴体は斜めに切り裂かれている。
それでも死んでいない。
確かに手応えはあったのだがな。その証拠に俺の剣はやつの血で真っ赤に染まっている。
まあ、死なないよな。
魔族の命は人とは違う形なのだから。
ばちん。
空気の弾ける音とともにエレオノールの身体が揺らいだ。次の瞬間、満身創痍だったエレオノールの姿は俺と出会ったときの状態に戻っていた。
アストラル・シフトだ。
致命傷を与えても魔族はこうやって状態を戻せる。だが、人間で言うところの『生命力』的なものは減ったまま。それがゼロになるまで叩いてようやく殺せるのだ。
少し落ち着いたのか、エレオノールの表情に余裕が生まれる。
「ルーファス、さすがに強いわね。だけど、まだまだ上位魔族のわたしには届かない。種の限界をわからせてあげる――」
……ん?
喋るたびにエレオノールの身体が薄まっていく。そして、最後の忍笑いとともに完全に消え去ってしまった。
姿が、消えた?
ざっ。
小さな足音が至近で聞こえた。
その瞬間、俺の剣聖アシストが発動、無意識のままに身体が動く。俺が今まで立っていた場所を、見えない何かが走り抜ける。
かわしきれなかった。
「ちっ!」
浅いが、俺の肩に傷が走る。
さらに剣聖アシストが回避体制に移る。次の攻撃もかわしきれずに俺は浅い傷を負った。
ざっ。
また、踏み込んだ音!
今度は、こちらから攻撃に打って出た。足音と、そこにある気配に向かって剣を振り下ろす――
だが、手応えがない。
外したか!?
直後、真横に濃厚な気配が出現した。
俺は見えざるものの攻撃をかわしつつ、そのまま遠くへ跳ねて距離を置く。
「ふぅ……」
「くくくくくく!」
笑い声とともにすうっとエレオノールの身体が現れる。その指先は俺の血で濡れていた。
「わたしの特性を変装だと思っていた? 残念! わたしの特性はさらに上位! さっきみたいに背景に姿を溶け込ませることができるの。見えない相手じゃ剣聖さまでも大変みたいね?」
エレオノールの言うとおりだ。わずかな気配と足音だけだと反応がどうしてもワンテンポ遅れてしまう。
目に頼っていてはダメか。
ならば――
目に頼らなければいい。
「もう一度、かかってこい。今度こそ、この刃をお前の血で染め直してやろう」
俺は剣をエレオノールに向けた。
エレオノールの血に濡れた刃を。
「強がりはやめなさいよ、あははははははははは!」
再び笑い声とともにエレオノールの姿が消える。
そして、足音がする――!
斬!
「くあっ!?」
悲鳴。俺のではない。エレオノールの悲鳴だ。
ワンテンポ遅れることなく、俺の斬撃が近づいてきたエレオノールをカウンターしたのだ。
残念ながら浅手だったが。
まあ、当たるだけでも――機先を制するだけでも充分だ。
「くそ、まぐれか――!」
吐き捨てたエレオノールが場所を変え、再び俺に襲いかかる。
だが、無駄だ。
俺の感覚はエレオノールの気配をトレースしている。俺の身体は即座に反撃を加えた。
「つっ――馬鹿な!?」
二度の斬撃を喰らい、たまらず距離を離したエレオノールが姿を見せる。その顔は動揺で歪んでいた。
「――なぜ、どうして!?」
「『追尾攻撃』の付与だよ。対象を自動的に感知して攻撃する。見えていようがいまいが関係ない」
「はあ!? そ、そんな、お手軽な技があってたまるか!?」
「あるんだから仕方がない」
俺は笑った。
……まあ、多少の条件はあるのだがな。相手の血が代表的だが、体液の一部を武器に塗布しておく必要がある。
そこまで教えてやる義理はないが。
「さて、手品の時間は終わったか? そろそろ終わりにしよう」
俺は一気に間合いをつめた。
「くっ!」
エレオノールが姿を消す。
だが、無意味だ。俺の感覚は『追尾攻撃』のおかげでエレオノールの気配を捉えている。
「終わりだ!」
俺は駆け出した。
そのとき――
ふっとエレオノールの姿が再び現れた。
いや、そこにいたのはエレオノールであってエレオノールではない。
俺の知った顔。
俺の姉クレアの顔に。
10年前、魔族の攻勢で滅ぼされた故郷と運命をともにした優しい家族の顔に。
――ルーファス、あんまり遅くなっちゃだめよ。お母さんと一緒に美味しいご飯を作っておくからね。
大昔に聞いた声がふと脳裏に蘇った。
「くっ……!?」
これはそういう作戦だろう。
わかっている。
こいつは俺の姉じゃない。エレオノールが変装したものだ。
どうやって俺の姉の顔を調べたのかは知らないが――よくできている。触れた相手の記憶でも覗けるのだろうか。
俺の理性は、彼女を偽物と断定している。
だが、身体というものは――!
「あっはっはっはっはっはっは!」
エレオノールが笑った。俺の姉の顔で。
「人間、そのためらいが命取りになる! あの世で姉と仲良く暮らしなさいな!」
エレオノールが俺へと手刀を打ち込む。
俺は剣を振るった。
ぱん。
あっさりとエレオノールの右手首が宙を舞った。
「へ?」
惚けるエレオノールの肩口へと俺は剣を振り下ろした。胴体の中ほどまで一気に斬り下ろす。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
剣を引き抜きながら、エレオノールが後退する。
「お、お前!? ためらいなく肉親を攻撃する!? お前には情がないのか!?」
「『自分勝手』を体現する魔族にまで情のなさを責められるとは泣きたくなるね」
俺はふっと笑い、間合いを詰める。
「死んだ人間に化けてどうする? 偽物だとわかる変装に意味なんてないだろ?」
身体というものは――確かに反射的な拒否感を示す。だけど、それだけだ。強固な意思で上書きするだけ。
これは、姉じゃないと断じるだけ。
そんなもので俺の剣は止まらない。
斬。
再び、俺はエレオノールの身体を斬った。
崩れ落ちるエレオノールに冷たく言葉を吐き捨てる。
「……あと、変装するなら性格も調べるんだな。俺の姉は『あっはっはっは』なんて下品に笑ったりしない」




