付与術師vs無貌のエレオノール(上)
「正体を現してもらおうか、女狐!」
俺の斬撃は空を切った。
後退したミーナが驚いた顔で俺を見ている。
「ど、どういうこと、ルーファス!? いきなり斬りかかるなんて……!」
「俺のほうが、どういうこと? だよ、ミーナ」
俺は剣の切っ先をミーナに向けて続けた。
「俺の剣には剣聖のアシストがついている。剣聖の不意打ちをかわせる魔術師が世の中にいるってのか?」
最後に俺はこう付け加えた。
「お前、実は魔族だろ?」
「……うふふ……!」
ミーナの口元が歪んだ。悪い表情だった。今までミーナが見せたことがないような。
「ご明察ね。でも、どうして気づいたの?」
「理由は簡単だ」
俺はこう続けた。
「俺とお前は一緒に旅をするほど仲が良くない」
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
俺の答えを聞くなり、ミーナが大爆笑した。
「確かにそうね! 確かに! 違いないわ!」
むしろ、ミーナは勇者クルスと仲が良かったくらいだ。この状況で俺を取る理由がない。
「でもね、ルーファス、ひょっとすると、こんなにかわいい女の子が密かに想いをよせてくれている――ワンチャンあるかも? とか思ったりしないわけ?」
「思わない」
俺は淡々とした声で答えた。
「なぜなら、俺は人に嫌われることには自信があるからだ」
師匠にも言われたものだ。お前の内面は才能に極振りしすぎていて、それ以外は最悪だと。
「面白いわね、あなた!」
ミーナが肩を震わせる。
「まあ、数ヶ月ほど見させてもらったけど――確かに……もう少し協調性を身につけたほうがいいかもね?」
「『自分勝手』を体現する魔族にまで協調性を責められるとは泣きたくなるね」
「本当のことよ? 怪しいと思っても、それだけで斬りつけたりしないでしょ? 普通の人間ってのは?」
「いや、それだけじゃないさ。俺は俺なりにお前の行動にずっと疑問を持っていた。俺たちを監視しているというか――ただの直感だがな」
「へえ! さすがね!」
「一緒にいたのはこちらも同じだ。お前が俺の協調性のなさに気づくなら、逆もまた然りだ」
「うふふふ……あなた、本当にいいわね!」
ミーナが笑う。
「あなたは他の4バカとは違うと思っていたけど、やっぱり別格ね!」
「別格のバカって意味じゃないだろうな?」
そこで俺は話題を変えた。
「で、お前の狙いはなんなんだ?」
「お察しの通り、わたしは魔族よ。本当の名前は『無貌』のエレオノール」
ミーナ――エレオノールがそう言った。
「任務は勇者パーティーへの潜入と監視ね」
「お前は『女神の枷』は受けなかったのか?」
さすがに女神と出会っているのなら、魔族を見逃すとは思えないが。
「おそらく受けていたんじゃないかしらね。わたしが殺した本当のミーナちゃんがね……!」
エレオノールは己の顔の右半分を手で隠す。
その手をすっと少し下げると――
さらけ出された右目が変わっていた。
勇者クルスの右目に。
「ふふっ、変装が得意なのよ」
エレオノールが再び右目を隠す。その手を下ろすと、ミーナの顔に戻っていた。
……なるほど……。そうやってミーナと入れ替わったのか。
「それで――わざわざ潜入した勇者パーティーを抜けて、俺を追いかけてきて良かったのか?」
「別に問題ないわ。だって、もともとの監視対象はあなただから」
「なに?」
「あの4バカに魔王さまを倒せるはずないじゃない? どうでもいい存在ね。あなたこそ、我ら魔王軍が警戒する超級戦力なのよ?」
「……まさか最高級の賛辞を敵から受けるとはね」
俺は肩をすくめた。
「で、誉め殺しのついでに、追放されてひとりになった俺を刺し殺そうと追っかけてきたのか?」
「それはプランAの話ね。あなたがわたしを信頼して背中を預けてくれていたら殺しておしまい。だけど、あなたは気がついた。なのでプランBに移行するわけ」
そうしてエレオノールが俺に手を差し出した。
「ねえ、魔王軍に入らない?」
「ほう?」
「スカウトね。あなたのような有能を引き込めば、さぞ魔王さまもお喜びになるでしょう。べらべらとこちらの思惑を喋ったのはあなたの信頼を買うためよ?」
面白い提案だ。
クルスのような役に立たない男が『勇者』という肩書きだけで威張って指示をする――それが人の世だ。一方、魔族の社会は完全実力主義だと聞く。俺のような男にはぴったりだろう。
「確かに悪くはないな。夢の広がる話だ。俺を理解してくれる同僚が現れて涙が出そうだよ」
そう受けた後、すぐさま俺は言い放った。
「だが、断る」
「へえ? どうして?」
「俺は魔王を倒したいからな。敵でいてもらわないと困るのさ」
「魔王さまを、ね……人間界の平和のため?」
「どうでもいいことだ」
俺は嘘偽りのない本音でエレオノールの言葉を叩きつぶした。
「俺は魔王を殺すことで、己の最強を証明したいだけだ」
「面白い理由ね。……交渉は決裂かしら?」
「そうなるな」
「そう残念ね。なら――」
直後、すさまじい勢いでエレオノールが踏み込んできた。
「プランCかしら!?」
俺の剣に宿る剣聖のアシストが反応、寸前でエレオノールの放った手刀による一撃を切り払った。
エレオノールが笑う。
「やるじゃない!? わたしの攻撃に反応するなんて!?」
「さすがのお前でも剣聖は一撃で仕留められまい」
「その余裕、いつまで続くかしら!」
再びエレオノールが腕を振るうが――
「え?」
エレオノールの攻撃は見事にからぶった。あると思っていたはずのものがなかったからだ。
エレオノールは己の右手を見る。
正しくは、手首から先が切断された右手を。
「な、なななな、なああああああああああ!? わ、わたしの右、右手がああああああ!?」
切断された右手首は地面に転がっていた。
最初の応酬で、切り払った俺の刃がエレオノールの手刀を防ぎつつ――そのまま叩っ斬ったのだ。
……聖剣ですら切り捨てる攻撃力+999だからな……。
あまりにも切れ味よくすっぱりやってしまったので、エレオノールは切断に気づけなかったのだろう。
「き、貴様……!」
怒りのこもった目でエレオノールが俺をにらむ。
なんだろう、この完膚なき逆恨みは。勇者クルスといい、今日はよく逆恨みされる日だ。
ためらいなく俺は間合いを詰め、口を開く。
「プランD――逃走を許すつもりはない。さて、続きといこうか?」
俺の一撃がエレオノールを斜めに切り捨てた。




