勇者クルスの晴れ舞台(下)
クルスは思わず折れた聖剣を見て絶叫してしまった。
神聖な儀式の最中――おまけに仕切っているのは王太子ファルセン。
とんでもない不敬ではあったが、その場にいた誰もそれを問題だと思わなかった。クルスが叫び声を上げてもおかしくはなかったから。
愛用の聖剣が折れる。
そんな起こりえないことが起こったのだから仕方がない。
それは王太子ファルセンも同様だった。
「……クルス、聖剣が折れているが……?」
明晰な王太子にしては珍しく、曖昧な物言いだった。
クルスは荒ぶる呼吸を抑えながら、必死に頭を働かせる。
王太子の強力な一撃によって聖剣が折れてしまいました! 作戦は使えなくなった。なぜなら、王太子の攻撃は『クルス本体に対する蹴り』だったからだ。
さすがに、それで聖剣が折れました! は通らない。
王太子が口を開く。
「さっきの戦いで折れたとは思えないな。……もともと折れていたのか……」
「……は、はい……」
しまった! とクルスは思ってしまったが、もう遅い。
心が弱っていたので、うっかり王太子の言葉に乗ってしまったのだ。
(……仕方がない……全てを話すしかないか……)
クルスは内心でため息をついた。
だが、絶対に伏せておきたい事実もある。
ルーファスにへし折られたことだ。
ルーファスを追放した挙句、そのどさくさで聖剣をへし折られたとあってはクルスの沽券に関わる。おまけに、聖剣をへし折った付与術師としてルーファスの評価まで上がってしまう。
(……それだけは避けなければ!)
クルスの頭脳はそう決断すると、答えを導き出した。
「……はい。実は……この聖剣は儀式の前からすでに折れていて――暫定的に修復した状態でした」
「聖剣が折れる……そんなことがあるのか?」
「残念ながら、あるようです」
「教えてくれ、クルス。何者が、決して折れないはずの聖剣を折ったのだ?」
「魔族でございます」
「魔族が、か」
王太子が息を呑む。
完全な嘘だったが、クルスはあえて口にした。聖剣をおった名誉を、ルーファスなんぞにくれてやるわけにはいかない!
「はい。強大な魔族でした。なんとか退けましたが、聖剣に大きなダメージを受けてしまいました」
「恐ろしい魔族だな。それほどの力、聞いたことがない……」
王太子はこう続けた。
「全軍に通達して警戒する必要がある。どのような魔族だ? 名前は名乗ったか? どの方角に飛び去った?」
「あ、いえ、そ、その、それは――!」
大事になりそうな勢いだったので、クルスは慌てた。
「も、申し訳ありません! あまりの激闘だったので覚えておりません……」
「ふぅむ、そうか。ならば、仕方があるまい」
そして、王太子はぐるりと周囲の列席者に視線を向けた。
「諸君! 勇者クルスの聖剣は折れてしまった! 魔族との激戦によるものらしい! 聖剣は勇者のプライド! 折れるなどあってはならない! だが、これは不可抗力であり、予期しえなかったこと。この件で勇者クルスを笑うものは、この王太子ファルセンが許さぬ! 皆のもの、心に刻め!」
王太子の言葉に、列席者の面々が「はっ!」と応じる。
次に王太子はうなだれるクルスを見た。
「聖剣が折れるほどの力戦、見事なり、クルス。だが、聖剣が折られた事実は重い。笑うものを私は許さないが、お前はお前で己の未熟を自覚せよ。幸い、この前線基地には優秀な理力の使い手が多い。ここで修行し、実力をつけろ。わかったな」
「は、はい!」
クルスはそう応じると、深々と頭を下げた。
下げながら、心の中でクルスは怒りを吐き出す。
(……ルゥゥゥゥファスゥゥゥ! お前の! お前のせいだ! お前が俺の聖剣を壊すから、俺はこんな目に! お前だけは許さん、許さんぞおおおおおお!)
王太子が口を開いた。
「聖剣認可の儀、これにて終了とする。クルス、下がってよいぞ」
「……ありがとうございます」
クルスは聖剣の切っ先を拾って立ち上がった。折れた聖剣を鞘におさめる。
ラッパが、パパパパーと鳴るのを聴きながらクルスは絨毯を戻っていった。
その通り道に――
あの男がいた。
ルーファスが。
どんな表情をしているのだろうか。蔑みか憐れみか。
確認するのが怖くて、クルスはルーファスの顔を見ることができなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「聖剣認可の儀、これにて終了とする」
列に並んでいた俺の耳に、王太子の言葉が届いた。
やれやれ、終わったか……。
俺は隣に立つミッシェルをじろっとにらんだ。大貴族のミッシェルがいきなり俺に「ルーファスもおいでよ!」と誘ったら、これだ。
なーんで、俺がクルスの晴れ舞台なんぞ見なきゃならんのだ……。
俺は小声でミッシェルに耳打ちする。
「おい、どうして、俺がこんなのに出なきゃならんのだ?」
「え? ルーファスってクルスが自爆するとこ見て喜びたいんじゃないの?」
ミッシェルはこの儀式でクルスが聖剣を見せなければならないことを知っていたらしい。おまけに、俺がクルスの聖剣を切っていたことも知っている。
なので、クルスが赤っ恥をかくことが予想できたので、俺を誘ったのか。
「俺にそんな趣味はないぞ」
「ええ、そうなの? ルーファスって性格が悪いじゃない?」
「やれやれ……お前たちの、俺への認識は改めないといけないな」
……まあ、それは俺もなのだが。
意外とクルスはいいやつだと思ってしまった。俺の人生で、初めてクルスの美点を見つけてしまったかもしれない。
クルスは『魔族が聖剣を折った』――と言っていた。
俺ではなく、魔族だと。
なぜか理由はわからないが、クルスは俺をかばったのだ。あのとき、聖剣を折ったのはルーファスだと俺を悪者と告発してもよかったのに。
まさか、クルスに気遣われるとはなあ……。
聖剣が折れたことで、少しは人の心を理解できるようになったのだろうか。
そんな感じで、俺のクルス評は120%嫌なやつから119%嫌なやつに変わった。
クルスはもう俺へのわだかまりを捨てたのだろうか?
そんなふうに俺が考えていると、謁見の間を出ていくクルスが俺の前を通り過ぎていく。
てっきり、何かのアイコンタクトを送ってくるのかと思ったが――
特にクルスは俺を見ることなく通り過ぎていった。
尊大なクルスなら、俺に「貸し1だからな!」みたいな感じで視線を送ってきそうなものだが。
逆にそれをしないということは――
つまり、気にするな、ということか。
なんて寛大な。
……クルス、どうしたんだろう?
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