勇者クルスの晴れ舞台(上)
勇者クルスはあてがわれた部屋で真っ青になっていた。
王太子からの返答は『本日は多忙につき面会する時間は取れない。後日、聖剣グロリアスを入手したことを祝し『聖剣認可の儀』をおこなう。そこで存分に語ろうではないか』だった。
普通であれば、勇者クルスは小躍りしていただろう。
聖剣認可の儀――大勢の前で聖剣を誇示し、勇者である己を示す儀式。
これはとてつもなく名誉なことだ。
おまけに、それが次期国王であるファルセンが執り行ってくれるのだから!
まさに勇者クルスにふさわしい大舞台!
だが――
問題があった。とてつもない問題が。
クルスは鞘に収められた聖剣グロリアスを手に取る。大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと鞘を取り外した。
あらわになっていく刀身。
その切先は――
見事に1/5が失われていた。
クルスの脳裏に苦い記憶が蘇る。
聖剣を手に入れた祠での出来事。誇るべき最高の日が一転、最悪の日になった瞬間を。
地面に転がっている、聖剣の切っ先が――
あいつのせいだ、あいつの!
込み上げる不快感を吐き出すように、こぶしを握りしめて憎き男の名前を叫ぶ。
「ルゥゥゥゥファスゥゥゥゥゥ!」
そんなものではクルスの腹で燃え上がる怒りの炎は鎮まりはしないが。
だが、今はそれを浸っている場合ではない。
クルスはへし折れた聖剣をじっと見る。
聖剣認可の儀では、勇者が手に入れた聖剣を鞘から引き抜き、高々と掲げる必要がある。
つまり、この聖剣を公衆の面前に晒すことになるのだ。
この、へし折れた聖剣を。
「できるか……! そんなこと……!」
できるはずがない。
聖剣は勇者のプライド。それを折られるなど、あってはならないこと。
そんな恥ずかしい聖剣を見せることなどできない!
ていよく断りたいところだが、気を利かせてきたのは王太子ファルセンだ。無名のクルスへの、破格の対応だと言っていい。
それを、断る?
できるはずがない。
つまり、儀式そのものは不可避なのだ。
であればどうするか?
聖剣をどうにかするしかない。
この折れた聖剣で、どうにか儀式をやり遂げるのだ。折れたと気づかれることなく。
ルーファスの言葉を思い出す。
――……接着剤でも使えば、みてくれはごまかせるんじゃないか?
クルスは聖剣を脇に置き、バックパックを漁った。
そこから折れた聖剣の切っ先と、接着剤を取り出す。
接着剤。
そんなもの使うつもりはなかったが、ルーファスの言葉を忘れることができず、ふと心が弱ったときに買ってしまった。
もちろん、使う決断はできていない。
そのままバックパックの奥底に放り込んでいたが――
今こそが使いどきだ。
じっとクルスは接着剤を眺めた。ごくりと唾を飲み込む。
接着剤のキャップに指を――
「……ふっ、ふざけんな! できるはずがないだろ!? 聖剣だぞ!? 聖剣に接着剤!? ありえるか! そんな屈辱、耐えられるか!」
ばんとクルスは接着剤を床に叩きつける。
ふーふーふーとクルスは鼻息を荒くした。
クルスの心は接着剤の使用を全力で拒否している。だが、抜き身の聖剣を全員に見せつける儀式も避けたい。
折れた聖剣を晒すか、接着剤でくっつけるか。
クルスに残された道はふたつにひとつ。
「く、く、く、くううううううううう……!」
奥歯を噛み締めて、クルスは思考の迷宮をぐるぐるとさまよった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
聖剣認可の儀が始まった。
「勇者クルスさま、入場です!」
高らかな宣言とともに、ばかん、と両開きのドアが開く。
ドアの前に立っていたクルスの視界が広がった。
そこは謁見の間。
赤い絨毯がクルスの足元から、どーん、と伸びている。その左右にはライサスの重臣たちが立ち並んでいる。その奥には豪奢な椅子に座った王太子ファルセンの姿があった。
ぱぱぱーとラッパが華やかな音を鳴らす。
晴れやかで素晴らしい出来事だった。
クルスの人生に栄光の一日として刻まれるだろう。
――本来であれば。
クルスは絨毯を歩き出した。胃が痛い。早く終わってくれとしか思えない。本当なら、胸を張って歩けるはずが、そんな気分にはなれない。
一歩一歩が輝きに満ちていたはずなのに。
勇者クルスは思う。どうして、こうも泥の上を歩くような気分なのだろうかと。
暗い気持ちで歩いていたときだった。
その存在に否応なく気がついた。
――ルーファス!
付与術師のルーファスが列に並んでいる。クルスの目には薄笑いを浮かべているように見えた。
(なぜ、お前が!?)
クルスには理解できなかった。ルーファスがライサスにいる理由が全くわからない。嘘だと思いたかった。目に見える景色は夢だと思いたかった。
だが、実際に『いる』のだ。
ルーファスの声が聞こえたような気がした。
――ほお、素晴らしいな! よかったじゃないか! ついに勇者クルスの晴れ舞台! だが、大丈夫なのか、その折れた聖剣で? 俺が折った聖剣で? まあ、それしかないんだろうから、仕方がないか!
ルーファス! ルーファス! ルーファス! ルーファス!
クルスの頭は一瞬にして怒りで沸騰した。
くおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
クルスは叫びたくなったが、自重した。この場でそれをしないくらいの自制心はクルスにもある。
(ルーファス! 覚えておけ! いつかの借りは必ず返すからな!)
怒りを奥歯で噛み殺し、ぎゅっと手を握り締める。
今は耐えるのだ。耐えて耐えて――いつか、己の物語を英雄譚にするのだ!
クルスは王太子の前までたどり着いた。
「勇者クルス! 聖剣グロリアスとともに参上しました!」
「うむ」
ひとつうなずき、ファルセンが立ち上がる。
「勇者クルスよ、幾百もの難関を突破し、聖剣を手に入れたこと、まことに大儀である。私はお前を確かに勇者であると認めよう。さあ、私に見せてくれ、お前の聖剣を。周りに見せてやってくれ、お前の聖剣を。勇者の誇りに満ちた聖剣を」
ついにきた。
クルスは涼しい表情を装いながらも焦燥感に包まれる。
逃げたいが、逃げるわけにはいかない。
「承知いたしました」
クルスはそう応じると、そっと腰に差した聖剣の柄を握る。
そして――
ゆっくりと、柔らかく。
まるで100年前のワインボトルの栓を引き抜くかのごとき丁重さで聖剣を鞘から抜く。
きぃん。
小さな金属音が響き、クルスが高々と掲げたのは――
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