王太子との面談(本日2度あり)
前線基地ライサス。
魔族の大掛かりな侵攻を食い止めるための軍拠点だ。
その頂点に立つのが王太子ファルセン。
あるいは――
一等勇者ファルセン。
そう、この国の次期王さまは聖剣を持って前線に立つ勇者でもあるのだ。
その王太子さまの部屋に、俺たち3人は通されたわけだが。
大きな執務机の向こう側にファルセンが座っている。
「初めまして、付与術師ルーファス」
実に爽やかな様子で挨拶をしてくる。
年は20歳、黄金の髪に整った顔立ち。戦うものである以上、体つきも整っている。おまけに長身だ。心なしか神々しい後光まで見える。
この世界が小説であれば、間違いなく主人公であう存在だ。
「こちらこそ初めまして、ファルセン殿下」
俺はそう応じて、ファルセンの差し出した手を握り返した。
「ファルっち、お久しぶり!」
「ファルセンさま、お久しぶりでございます」
俺の隣にいるミッシェルとリノも挨拶する。
王太子は柔らかな笑みを浮かべて会釈した。
「久しいな、ミッシェル、リノ。元気そうで何よりだ」
王太子の目が俺を向く。
「さすがだね、ルーファス。前のパーティーを離脱して間もないのに、この2人とパーティーを組んでいるとは。迅速な動き――期待できるね」
「ありがとうございます」
「ええ!?」
いきなり横から妙な声がした。ミッシェルだ。
「ルーファス、ありがとうございます、なんて敬語が使えるの!?」
「……お前は俺をなんだと思っているんだ? 山で育った猿とでも思っているのか?」
「だって、公爵令嬢のわたしにタメ口だよ? いや、別にタメ口でもいいんだけどさ」
「お前に払う敬意は売り切れているんだよ」
「わたしも驚いています」
隣でリノが目を丸くしていた。
「さすがにファルセンさまにタメ口はまずいので、子供の頃の病気のせいで敬語が話せなくなった、という嘘設定を準備していたのですが――」
「その設定、信じるやついるのか?」
「仲が良さそうで何よりだ」
ファルセンがそんなことを言って、うんうんとうなずく。
こんなほっこり空気は俺の好みではないので、話を進めることにしよう。
「それで、なんのご用でしょうか、王太子殿下?」
「腕利きの付与術師として力を貸して欲しくてね」
ファルセンが話を続ける。
「『理力の伝導率が高い剣』を作ろうと思っている」
「理力の伝導率……?」
「勇者と聖剣の相性がいいのは、勇者の理力が聖剣に伝わりやすいからだ。なので、全ての理力保持者に聖剣を与えることができればいいが、それは難しい。それなら自分たちの手で作ろうと思ったのだ。神の手ではない、人の手による聖剣未満の聖剣――プチ聖剣を」
プチ聖剣!?
ちょっとそのネーミングセンスはどうかと思ったが……別のことを口にしよう。
「だいたい勇者は聖剣を持っていると思うのですが、作るほどの価値がありますか?」
「三等勇者のためだ」
あんな感じの偉大なる勇者クルスだが、実は人類的には貴重な存在だ。なぜなら、勇者の絶対数はあまり多くない。実用レベルの理力を保有する人間が少ないのだ。
だが、実用レベルには届かない理力を持つ人間ならそれなりにいる。
それが三等勇者。
勇者になり切れなかった勇者たち――王太子の言葉にならうのなら、プチ勇者だろうか。厳密には、勇者という枠では扱われていないが。そして、聖剣を許される立場でもない。
王太子が話を続ける。
「三等勇者は微弱ではあるが理力が扱える。つまり、対魔族における貴重な戦力だ。その理力を少しでも有効に活用するため、プチ聖剣を作れないかと考えている」
なるほど、そういった考えなのか。
「すでに計画は動かしているのだが、どうも技術的な壁にぶつかっていてね。担当者によると、優秀な付与術師が欲しいそうだ」
「……で、呼ばれたわけですか」
「そう、呼んだわけだ」
にやりと王太子が笑う。
「どうだろうか、稀代の付与術師ルーファス。三等勇者のための聖剣ができれば――きっとそれは戦場の天秤を人類の側に傾けることにつながるだろう。ともに歴史を作ってみないか?」
歴史を作る、か……。
「……さすがは王太子、人の心を刺激する誇大的な表現がお得意ですね」
「仕事上ね」
俺の皮肉にひるむことなく、王太子がさらりと流す。
その反応は、意外と俺の好みだった。
「協力しますよ。状況がわからないので、とりあえず見るだけですけど」
……そもそも王太子からの命令だ。やりませんよ〜などという選択肢があるとも思っていない。
最低限の協力は礼節だろう。
ファルセンがにこりとほほ笑んだ。
「ありがとう! そう言ってくれて嬉しいよ、付与術師ルーファス! 君の力に期待している!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルーファスたちが退出したドアを見つめながら、ファルセンは満足感に浸っていた。
不世出の天才付与術師ルーファスの協力を取り付けることができたのだから。
へそまがりで気の利かない男だと聞いていたので不安だったが――
「意外と悪くない。存外に気が合うかもしれないな」
ファルセンは会談に満足する。
ドアをノックする音が響いた。
「入れ」
ファルセンに仕えているメイドが入ってきた。
「ファルセンさま、勇者クルスさまが会談を求められていますが」
「勇者……クルス……?」
ファルセンはその名前を忘れかけていた。
うん? 聞き覚えがあるな? くらいの感じだった。
これは別にファルセンの薄情を示すものではない。
王太子にして勇者にして拠点の支配者――ファルセンは忙しすぎるのだ。二等勇者くらいの人間は深く関わらなければ記憶に残らない。
おまけに、クルスなど偉大なる恒星ルーファスの周囲に転がる小さな惑星でしかないのだ。
ルーファスとの関係が切れたとわかった時点でファルセンはクルスへの興味を失っていた。
「忙しいので断って――」
受けた報告を頭のゴミ箱に叩き込もうとしたとき、ファルセンの優秀な頭脳は過去を見事に掘り返した。
あ!
クルス! 手紙送ってたわ!
「ああああ、あああああ……!」
ファルセンは顔を手で覆って、机に突っ伏した。
ルーファスへの手紙を持たせたエブリンに、その手紙を差し止めるように指示していたが間に合わなかったようだ。
ファルセンはもうクルスに興味はないのだが、手紙まで出して危険な最前線に呼び出したのだ。用事はないから帰れ、というのも問題だろう。もちろん、ファルセンにはそれを言えるだけの権力があるのだが、そんな横暴をしていては部下たちがついてこない。
しかし、会ったところで、どうすればいいのか。
クルス本人には用がないのだ。
「うーむ――」
少し考えてから、ファルセンは答えを出した。
それは自分でも驚くほどの素晴らしい名案だった。
「そうか……クルスは聖剣を手に入れたのだったな。それを祝す式典を行うのがいい」
もちろん、宴と一緒に。
戦闘続きで疲れている兵士たちの息抜きにもなるだろう。おまけに――
「鞘から抜いた聖剣を大勢の前で高く掲げる。みんなに自慢の聖剣を見てもらえるのだ。勇者クルスも喜ぶに違いない!」
ファルセンは己の思いつきに満足しながら、うんうんとうなずいた。
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