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王太子ファルセンからの誘い

 あの屈辱の日から、クルスは一等勇者ダインのもとで修行に励んだ。

 そんな日々を過ごしていると――


「クルス、お前に渡してほしいと頼まれた」


 村から帰ってきたダインがクルスに封筒を差し出した。

 小屋の前でクルスは素振りしていたが、その手を止めてダインから封筒を受け取る。


「俺に?」


 封筒をひっくり返して、クルスは思わず目を見張る。

 封を閉じるのに使われているろう、その紋章は王家のものだった。


「こ、これは――!?」


「村で使いの()から渡された。王太子であるファルセン殿下からの書状だ」


 王太子ファルセン!

 その名前はクルスも知っている。なにせ、王太子にして勇者だからだ。今は最前線の拠点ライサスを治めている。

 間違いなく政治の上でも軍事の上でも超がつく重要人物。

 そんな人物が、クルスを名指しにして手紙を送ってくるとは――!

 興奮するがままにクルスは封筒を開けた。

 そこには、ファルセンから直々のメッセージがあった。要約すると、拠点ライサスへの誘いだった。末尾にはこう書かれていた。


 ――勇者クルスよ、君を支える仲間たちとともにぜひ来て欲しい。私は君たちの力を必要としている。


 ずっと陰鬱だったクルスの心は一瞬にして晴れやかになった。


(はは、はははははは! やはり見ている人は見ているものだな! この俺、クルスの力を!)


 クルスは王太子からの手紙を丁寧な手つきで封筒にしまった。


「ライサスへの招集状だった。王太子じきじきのな」


「ほお」


 ダインが隻眼を細める。


「それは栄誉なことだな。……何か思い当たることはあるか?」


「特にはないが……俺の噂を聞きつけたとかそんなところじゃないか?」


 クルスは自信ありげに答えた。

 ダインは首を傾げていて、あまり納得できていないようだった。


「……クルス。行くのか?」


「もちろんだ! ファルセン殿下のお誘いを断るなんてできるはずもない!」


 ファルセンはクルスの有用性に気づいてくれた。これはきっと栄達への道なのだ。最近はろくでもない目にばかりあっていたが、この幸運を思えばそれも納得できる。


(……ふっ、運命が俺に嫉妬していたわけだ……)


 寛大なるクルスはそれを許すことにした。

 ダインが口を開く。


「なら、ここでお別れだな。クルス、気をつけろよ。お前はまだまだ未熟で――最前線は危険な場所だ。決して無理はしないように」


「世話になったな、ダイン。教えてもらった修行は続けるさ。ライサスに来ることがあったら、遠慮なく俺を訪ねてくれ」


 クルスはダインと握手をかわす。

 翌日、村で待機していた戦士たち3人を引き連れて、クルスは最前線ライサスへと向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 エブリンはライサスの砦にて王太子ファルセンの下で働く若い女性士官だ。


「この手紙を付与術師ルーファスに届けて欲しい」


 王太子から渡された手紙を手に、エブリンは付与術師ルーファスを探す旅に出た。

 途中まで勇者クルスと一緒にいたので、足取りは少し前までわかっている。まだその辺にいるのだろうと当たりをつけてエブリンはルーファスを探した。

 有力な情報を手に入れたのは、グリア山のふもとにある村だ。


「ルーファスという付与術師をご存じですか?」


「ああ、知ってるよ。そこの宿に泊まっているけど?」


 教えられた宿に入ってみると――

 1階の食堂をざっと見回すと、そこに探していた人物がいた。

 黒髪の男性で、永遠に不機嫌そうな表情に、死人のような暗黒の瞳。性格の悪さが滲み出た口元。

 聞いていたとおりの容貌だ。


(あの人だ、間違いない!)


 旅の終わりを確信したエブリンは高揚した気分を表には出さず、静かな足取りで近づく。


「ルーファスさんですか?」


「……そうだが?」


 食事を摂っていた男が手を止めて応じる。同じテーブルに座る2人の女性も興味深げな視線をエブリンに向けている。


「ファルセン殿下からの書状です」


 そう言って、エブリンは預けられた封筒をルーファスに差し出した。

 ルーファスが手紙を読んでいると隣に座っている12歳くらいの少女が口を開いた。


「ねえ、ファルっち元気?」


「ファルっち?」


「ファルセンのことだよ? わたしはファルっちって呼んでるけど?」


「……うふふ。いい、お嬢さん? この手紙をくれたファルセン殿下は王家の人で、お嬢さんの知っているファルセンさんとは違う人だよ?」


「え? 王家の人だったら、やっぱりファルっちだけど?」


 うーん、伝わらないか、とエブリンが悩んでいると、もうひとりのメガネの女性が口を開いた。


「あのですね、その方はミッシェル・ハーバライト公爵令嬢です」


 エブリンは言っている意味がわからなかった。

 ただ、王太子に仕える人間として、名門ハーバライト公爵家は知っている。そして、その令嬢の顔も見覚えがある。

 エブリンはじっとミッシェルの顔を見て――


「あ、あ、あ、あ、あ! ミ、ミ、ミ、ミッシェルさま!? 本当に、ミッシェルさま!? しし、失礼いたしました!」


 自分の無礼に気がついて頭をぺこぺこと下げた。公爵家――王家に連なる家柄。王太子ファルセンをファルっち呼ばわりしてもおかしくはない。

 本当に気にしてない様子でミッシェルが応じる。


「いいよ、いいよ〜。気にしないで〜」


「お前、本当にハーバライト公爵家の人間だったんだな」


 手紙を読み終わったルーファスがそう言った。


「嘘じゃないって! ……それで、手紙にはなんて書いてあったの?」


「前線の拠点ライサスまで来いってさ。俺に手伝って欲しいことがあるらしい」


 そこでルーファスがエブリンに目を向けた。


「あんたは何か知ってるか?」


「いえ、聞いておりません」


「そうか――」


 特に詮索することはなく、ルーファスが目を閉じる。しばらく考え事をしてから、口を開いた。


「わかった。行ってみるか、ライサスに」


「ホントに!?」


「ここでずっとガチャをしていても仕方がない。場所を変えるのもいいだろう」


「……いいの、出ないもんねー……」


「いえいえ、かしこさ+2になったじゃないですか」


「何も変わらないよ!?」


 エブリンにはなんの話をしているのかさっぱりわからなかったが、ともかく、ルーファスが行くと決断してくれたことが嬉しかった。


「ありがとうございます! ファルセン殿下もお喜びだと思います!」


 エブリンはルーファスたちに別れを告げて宿を出た。

 日差しが心地よい。

 自分の仕事を終えた解放感でエブリンはいっぱいだった。


(……今日は休憩ということで……)


 にやにやと笑みを浮かべながら、エブリンは酒場へと移動する。この達成感にアルコールとコッテリした食べ物で報いたかった。

 酒場に入ると、見覚えのある先客がいた。

 同じライサスの砦にて王太子ファルセンの下で働く若い男性士官だ。


「あ!?」


 エブリンは思わず声を上げてしまった。

 それは同僚だからではなく、彼を探すのもまた、エブリンの仕事だったからだ。

 アルコールを飲んで上機嫌な男がひらひらと手を振る。


「おー、エブリン、久しぶりだなー。どうしてこんなところに?」


 エブリンはつかつかと男に近づき、テーブルの対面に座る。


「ちょ、ちょっと! ねえ、殿下から渡された『勇者クルスへの手紙』はどうしたの!?」


「え? ああ、渡してきたところだよ――」


 ぐびっとアルコールを口に含んでから男が続けた。


「ここで修行中の勇者ダインに。勇者クルスも一緒にいるらしい」


「あ、あああ、ああああああ……」


 エブリンは額に手を当てて、がっかりと肩を落とした。


「間に合わなかった……」


「どうしたの? 何か問題でも?」


「……あのね、殿下がクルスを呼ぼうとしたのはルーファスが仲間だったから。本命はルーファスだったのよ。だけど、クルスとルーファスは今は別行動しているの。あなたが出発した後にわかったんだけど」


「そうなのか!?」


「ええ、だから、もうクルスを呼ぶ必要はない。それで、わたしはルーファスに渡す手紙を持って派遣されたのよ。ついでにあなたを見かけたら、それを伝えるためにね」


 エブリンは大きくため息をついた。


「でも、間に合わなかった……」


「どうしよう? もうクルスは出発したみたいだぞ?」


「う、うーん……」


 少し考えてから、エブリンはつぶやいた。


「殿下も、間に合わなかったら仕方がないとは言っていたから、諦めるしかないか……」


 タッチの差であっても、間に合わなかったのは事実。

 あまり深く悩まないでおこうとエブリンは割り切ることにした。 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 剣にしか掛けられないとか言ってましたが『剣の形のペンダント』的なやつには可能?
[良い点] クルス君、実力いまいちだがメンタル回復力は素晴らしいキャラですね。 彼なら人生大丈夫でしょう。 [一言] 皆、ガチャのことが気になるみたいですね。(笑)
[気になる点] ガチャは場所より戦う敵によって変わる感じですか?
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