英雄になりたいか、勇者クルス? なら、俺の力を貸してやろうか?
「……助けてくれと言った覚えはないからな!」
クルスはそう毒づきながら立ち上がった。
ルーファスに弱音など見せてやるものか、そんな意地だった。
困惑したルーファスの背後に、二人の女が立っている。一方には見覚えがあった。クルスを締め上げたランカスターの弟子と名乗っていた女だ。
いらいらが募る。
「ちっ、どけ! 俺は急いでいる! 村が危ないんだよ!」
ルーファスを手で払うが、ダメージが蓄積しているクルスのほうが負けてふらつく。
その身体をルーファスが支えた。
「おいおい、そんな様子でどうするつもりだ。それに、村が危ない? どういうことだ?」
しまった、とクルスは内心で舌打ちする。
己の重要さをアピールするために、うっかり口走ってしまった。
が、言ってしまったものは仕方がない。
「……村が魔族に襲われているんだよ! さっきのやつは部隊のひとり。ここで遭遇して、交戦していたんだ」
そう説明した後、クルスは勢いよくまくし立てた。
「おら、どけ! 俺の邪魔をするな!」
クルスは強引に話を打ち切った。
ルーファスたちに行かせては、クルスが英雄になれない。
勇者クルスこそが英雄にふさわしいのだ!
村人たちにクルスコールをして欲しかった。
それだけが、傷ついたクルスのプライドを癒す方法だった。
「村を救いたい、か」
ルーファスがぽつりと言った。
「お前も意外と責任感があるんだな。俺は感動したよ」
「はあ!?」
「いいだろう、なら、お前の武器に付与術をかけてやろう」
「だ、誰が、お前の助けなど!」
嘘偽りのないクルスの気持ちだった。自分が蹴り落としたルーファスの助けを借りるくらいなら、みじめに戦って死んだほうがマシだ。
「遠慮するな、クルス。俺は優しいから、全てを水に流してやろう」
「遠慮なんてしていない! お前の助けなど不要だ!」
「冷静になれ、クルス。あの程度の魔族に苦戦していたんだ。お前に村は救えないよ」
「……ぐ!?」
その言葉にクルスは反論できなかった。
だからこそ、クルスは苛立つ。
「お、俺は勇者だぞ! 俺こそが村を救う英雄になるんだ!」
「肩書きで魔族は倒せない。いいか、クルス。お前の実力じゃ犬死するだけだ。だから、俺が付与術をかけてやろうと言っているんだよ。弱い、戦力として微妙なお前を俺が一等戦力に仕立て上げてやると言っているんだ。よかったな、俺のおかげでお前は英雄になれる」
その言葉は、クルスの苛立ちポイントを正確に打ち抜いた。
よくそれだけ上手に狙撃できるなと感心できるレベルで打ち抜いた。
「英雄になりたんだろ? お願いします、ルーファスさんと言うだけだ。それだけで力と名誉が手に入るんだぞ?」
「……ルーファス! てっめぇ、俺を舐めてるのか!?」
クルスは声を荒げた。
「お前の助けなんぞいらん! 俺は俺の力で、みんなに俺を認めさせる!」
クルスはルーファスたちを無視して村に戻ろうとする。
だが、ルーファスがそうさせなかった。
「そうか。だけどな……お前をこのまま行かせて死なれても寝覚めが悪いんだよな。お前が気に食わんやつだとしてもな」
直後、ごん、とルーファスの拳がクルスの腹を叩いた。
うめき声をあげてクルスが崩れ落ちる。
「俺たちが片付ける。お前はここで待っていろ」
ルーファスは倒れたクルスを振り返りもせずに村へと歩き出した。仲間の女たちもその後を追いかけていく。
クルスは地面に這いつくばったまま、その背中を見送った。
クルスにはわかっていた。
この後、何がどうなるか。
かくして全てはクルスの予想どおりになった。
村の方角から村民たちの湧き立つ声が聞こえる。それは少し耳をすませばクルスにもはっきりと聞こえるものだった。
「ルーファス! ルーファス! ルーファス! ルーファス!」
「ルーファス! ルーファス! ルーファス! ルーファス!」
「ルーファス! ルーファス! ルーファス! ルーファス!」
村民たちは英雄の名を喝采していた。
一等勇者のダインすらも凌駕する、村を救った英雄の名前を。中級魔族すら瞬殺した強者の名前を。クルスがいらないと捨て去った付与術師の名前を。
クルスよりも、明らかに強い男の名前を。
本当なら、クルスの名前が呼ばれていたはずなのに。
「くう、おおお、おおおおおおお!」
クルスは己への無力感で押しつぶされそうになった。
こぶしで地面を何度も叩く。
もう逃げることはできなかった。ルーファスの実力が己よりも圧倒的に格上だという事実から。
ずっと勇者である自分のほうがすごいと思っていたが、それは幻想だった。
自分の思い込みが恥辱となって、そのままクルスの心を焼き尽くす。
なんて情けない男なんだ、勇者クルスは!
何もわからず、何も見えず、何も理解せず、クルスはルーファスを追放した。
「……お、俺は……俺は――!」
自分自身、どう結論づけたらいいのかわからない。
クルスが暴れ狂うさまざまな感情に苦しんでいるときだった。
「あ、あの――」
小さな声がした。
クルスが目を向けると、そこには魔族デパイスに追われていた少女が立っていた。
彼女は倒れているクルスに近づき、頭を下げる。
「ありがとうございました! 勇者さまのおかげで助かりました!」
クルスは驚いて反応できなかった。
まさか、そんなことを言われるなんて……。
「だ、大丈夫ですか? 誰かを呼んできましょうか?」
「……いや、いい……」
クルスは首を振る。
「俺のことは気にしないでいいから。さっさと村に戻りな」
「は、はい!」
そう答えると、少女は何度もクルスを振り返りながらおじぎをして戻っていった。
たったひとりの救世主。
そんなものでクルスは満足しない。心はほっこりしない。寒々として、イライラした感情は収まらない。むしろ――
たったひとりかよ!
それがクルスの感覚だ。
だが、落ち着くことはできた。千々に乱れていた感情が凪になった。
クルスは己の立ち位置を受け入れた。たったひとり――少女ひとりを死にかけの目にあいながら救うのが精一杯。
それがクルスの実力だ。
一方、クルスが切り捨てたルーファスは村そのものを軽く救ってみせた。
その差を、クルスは理解した。
「ルーファス……ルーファス! お前が俺より優れているのはわかったよ。だけどな……俺は――俺は勇者なんだ! 世界を救うのは俺なんだ! いいか、いつまでも俺を見下していられると思うな! いつか必ず、俺はお前を超えて偉大なる男になってみせる!」
クルスは雄叫びを上げながら、己自身にそう誓った。
ただ強く――
強くなるのだ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
クルスと別れて村に戻る最中、ミッシェルたちが口を開いた。
「ルーファス、人の心がないね!」
「全くありませんでしたね。あそこまで人の心を正確に踏み砕けるなんて」
「え? なんの話?」
言われている言葉の意味がさっぱりわからない。
俺、非難されるようなことしたっけ?
「クルスは最悪だけどさー、あそこまでベキベキに心を折らなくてもいいんじゃない?」
「え? 俺、心折ってたの?」
びっくりした。そんなつもりはなかったのだが。
俺は心の底からクルスの身を案じ、活躍したいというあいつの気持ちを汲んで、慈悲の気持ちで提案しただけなんだけど。
「……折る要素がどこにあったんだ?」
純粋にクルスを応援していただけなんだけどな。
なぜかクルスは激怒していたけど。
「この無自覚っぷりは、タチが悪いですよ、リノさん」
「本当にやばいですね。わたしたちも気をつけましょう、お嬢さま」
いまいち責められている理由がわからない俺はため息まじりに応じた。
「お前たちの考えすぎじゃないか?」
俺はこんなにも優しいのにな……。いろいろと水に流して、クルスの想いまで継ぐのだから。
村は俺が立派に救ってやる。
クルス、お前はそこで休んでいるといい。
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