――そこへ付与術師がやってきた
絶体絶命のピンチ――
中級魔族は、ルーファスの武器を使っていたときですら、戦士たちと4人がかりで戦う必要があった強敵。
そんなやつをクルスひとりで相手にする?
無理な話だ。
「……はっ! やってやる……やってやるさ!」
それでもクルスは言い切った。
なんの根拠もなく、ただ意地だけでそう言った。
今さら後には引けない! 逃げたところで、魔族が勇者を逃すはずがない。クルスに残された道は勝利をつかみとるだけだ。
「俺は聖剣を持つ勇者クルス! 俺の力を見せてやる! 舐めるなよ、クソ魔族!」
クルスは理力を展開する。
身体能力の向上!
そして、ブロードソードも理力の青い輝きを灯す。
(……そうだ、俺は強くなっている! 間違いなく! あの修行の日々は無駄ではなかった!)
理力は魔族に対してダメージ増加の効果を持つ。
理力を磨いた今ならば、勝ち目はあるはずだ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
クルスはデパイスに切りかかった。
デパイスの手刀とクルスの剣がぶつかる。剣から伝わってくる圧は強力。それでもクルスはひるまない。何度も何度も斬りつける。
デパイスが笑った。
「おいおいおい。これが本気か、勇者さま? どうしたどうした? 大丈夫か? なんか、剣から伝わってくる理力がぬるま湯なんだけど、ちょうどいい温度で快適だぞ?」
「っざっけんなああああ! 痩せ我慢してるんじゃねえええええ!」
そう信じたかった。
だが。
「別に我慢してないぜ?」
デパイスがクルスの腹を蹴り飛ばす。
クルスはゴロゴロと地面を転がった。だが、すぐに起き上がる。その目はまだ死んでいない。
実のところ、まだクルスは負けると思っていなかった。
なぜなら、クルスには一等勇者ダインから授けられた最強の切り札があるからだ。
「……はあ、はあ……舐めるんじゃねえぞ、勇者クルスをよおおおおお!」
クルスの怒りが乗り移ったかのように、ブロードソードの刀身に炎のような理力が灯る。
出すことに決めた。その切り札を。
この一撃で持って、目の前の中級魔族を倒してみせる!
クルスは剣を振りかぶった。
「うおおおおおお! 喰らえ、『獅子咬』!」
気迫とともにクルスは剣を振り下ろす。
それは一等勇者ダインがルーファスに放った技だった。剣に込めた理力を獅子の形にして打ち出し、相手を撃滅する。
ダインから授けられた技をクルスは解放した。
ぽん。
飛び出したのは、獅子ではなく子猫だったが……。
小さな猫の形をした理力がデパイスへと飛んでいく。
「は? かわいいじゃねえか?」
デパイスが片手でそれを払った。理力の猫はあっさりと消えてしまう。
「な――!?」
クルスが驚きの声をあげる。
それは絶望の色を含んでいた。
そのクルスのふところに、デパイスは一瞬で踏み込む。
「……もう飽きた。とっとと死んで、俺の評価になれや」
クルスはボコボコに殴られた。
もともとの戦闘能力が違いすぎて、デパイスの攻撃に抵抗できない。
「ぐがぁっ……!?」
よろけたクルスの頭をデパイスが押さえ込んだ。
そして、一気にクルスの頭を地面に叩きつける。
「おふっ!?」
「そーらそら、終わりだな、勇者さま。おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない! ははははは!」
死ぬ! 死ぬ! 死ぬ!
クルスの頭をその言葉が埋め尽くす。
こんなところで死ねるか! とクルスは思うが、生殺与奪の権は完全に握られている。デパイスが少し力を入れ流だけで全ては終わりだ。
「じゃあな、勇者さ――」
声が急激に流れていった。
何が起こったのかクルスには全く理解できなかった。
続いたのは轟音と悲鳴。
「げふぅ!?」
クルスが音のした方角を見ると、そこにはブロードソードに身体を貫かれて、木に打ち付けられたデパイスがいた。
「が、はっ……、な、なんだ、この剣は!?」
デパイスは剣を引き抜く。
そして、アストラル・シフトで元の状態へと戻った。
デパイスとは違う声がクルスの耳に届いた。
「やはり魔族か。頭に角が生えていたので攻撃したが……正解だったな」
その声を聞いて、クルスの心臓が跳ねる。
聞き覚えのある声。
絶対に聞きたくなかった声。
その声の主は――
「なんだ、テメェは!」
「……別に知らなくていい。お前はここで死ぬんだから」
その言葉の通りになった。
ほんの一瞬で、飛来した3本の剣がデパイスの身体を串刺しにした。デパイスの身体はぐらりと傾き、そのまま石灰化して空気に消えた。
「ただのザコでよかったな」
声はそう言った。
ザコ――ザコ、ザコ! クルスが圧倒的な力でねじ伏せられた強大な魔族が、ザコ!
だが、それも当然だろう。
声の主はあの男なのだから。クルスの師匠である一等勇者のダインが天才だと認めた男なのだから。そのダインが敗北を喫した男なのだから。
会いたくなかった男がすぐそこにいる。
クルスの爪が地面に食い込んだ。
ざっざっざっと、みっつの足音がクルスに近づく。
クルスは震えながら足音を聞いた。身を起こすことができない。
(……来るな! 来るんじゃあない! どこかに行け!)
祈るような気持ちでそう思っていたが――
「おい、そこのお前。大丈夫か?」
無情にも声が落ちてきた。
「狩りから帰ってくる途中、やたらと叫び声が聞こえてきたので見にきたんだが」
クルスは諦めた。もうどうしようもない。
覚悟を決めて、クルスは声の主に顔を向ける。
「お前――クルスか?」
そこには『なんてメンドくさいんだ!』と顔に書いたルーファスがいた。
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