勇者クルスvs部下の戦士
グリア山の麓にある村で怪しい動きをしている男がいた。
家の影にそっと身を寄せ、壁から顔をのぞかせて周囲を見渡す。何も問題ないことを確認すると、うつむいた様子で影から飛び出し、次の家まで全力ダッシュする。
男は端正な顔立ちの若者で、金属鎧に身を包み腰の左側に2本の剣を刺している――
勇者クルスだ。
クルスは自分がおかしな動きをしていることに気がついている。
(……くそ、くそ! どうして俺が! 偉大なる勇者であるこの俺が! こんなコソコソと動かなければいけないんだ!)
原因はわかっている。
ルーファスだ。
勇者ダインの情報により、ルーファスがこの村にいることをクルスは知っている。
なので、ルーファスを避けるため、こんな妙な動きをしているのだった。
クルスにとっては屈辱以外の何者でもないが、ルーファスと再会するのはそれ以上に嫌だった。
本当は村になど来たくなかったが、ダインから「食料がなくなってきたから買ってきてくれ」と言われては断ることができない。グリア山には強力なモンスターが徘徊しているが、ダインの小屋と村を結ぶ道は理力によって清められているため、クルスがひとりで歩いても危険はなかった。
(……ルーファスがいるから、こんな面倒な気を使うことに……あいつめ!)
いらいらとクルスが逆恨みを募らせていると――
「おい、あんた。何しとるんだ?」
「うおっ!?」
いきなり背後から声をかけられてクルスは身体をびくりとさせた。
振り返ると、村民だろう老人が立っている。
「さっきから、妙な動きをしとるが。何者だ?」
「……怪しいものではない! 俺は勇者クルスだ! 一等勇者ダインのもとで修行している!」
そう言って、クルスは腰の聖剣を手で叩く。
老人は首を傾げたが、ふうむ、と言った。
「ダインさまの関係者か。ならいいが……迷惑をかけるようなことをするなよ」
「待て!」
立ち去ろうとする老人にクルスが慌てて声を掛ける。
「この村にルーファスという付与術師はまだいるのか?」
「ダインさまを打ち負かした人か。ああ、おるよ。だけど、今の時間はいつも山まで狩りに出掛けておる。少し待つがいい」
そう答えると、老人はすたすたと立ち去った。
出掛けているのなら――むしろ、都合がいい。
「ふふふ、はははははは!」
笑いつつ、クルスはひそんでいた暗がりから表へと出た。
注がれる日差しの下を、クルスは大手を振って歩く。
(いないのなら、いないと言え、ルーファス! 紛らわしいぞ!)
心に余裕が出てきたクルスは、何をしようかな、とつい考えてしまう。
さっさと食料を買って戻るつもりだったが、そこまで急ぐ必要はないようだ。であれば、ルーファス祭りのせいで溜まってしまったストレスを発散するのも悪くない。
クルスは戦士たちが泊まっている宿に向かった。
肉壁3人は宿の食堂で昼食をとっていた。
「久しぶりだなぁ……お前たち」
「「「クルス!?」」」
クルスを見るなり、3人が割れたような声で名前を呼ぶ。その後、戦士が尋ねてきた。
「修行は終わったのか?」
「いや、まだだ。今日は村に用事があってな」
「そうか。……いい修行はできているのか?」
「もちろんだ! 一等勇者という素晴らしい実力者のもとで、ハイレベルな訓練ができている。理力もだいぶ使いこなせるようになってきた。以前までの俺とは明らかに違うな!」
自分より下に違いない戦士たちを見下しながら、クルスは気持ちよくなっていた。ルーファスの件で感じていたストレスが確かに薄れていく。
(……ふはははは! やはり、俺はすごい! 勇者である俺はこいつらとは違うのだ!)
これがクルスの目的だった。
だが、まだ足りない。
溜まりに溜まったストレスの総量はこんなものではない。もう少しばかり戦士たちには犠牲になってもらう必要がある。
(……それがお前たちの勤めだ。お前たちは勇者クルスのサポートなのだからなあ!)
クルスは暗い感情を抱きながら、こう続けた。
「逆にお前たちはどうなんだ。ちゃんと俺の言いつけ通りに訓練を続けているか」
「ああ、もちろんだ」
「……本当かなあ?」
特に疑っていたわけではないが、そう言った。戦士たちを追い込むのに必要だったから。
「手を抜いていたんじゃないのか? ううん? 俺がいないのをいいことに?」
「そんなことはない! 俺たちはお前を支えるために――!」
「口ではなんとでも言えるさ。実力で証明してもらおうか?」
にやりと笑ってクルスは続ける。
「村の外まで行こう。そこで、この俺、勇者クルスさまが胸を貸してやろう。強くなったという実力を俺に見せてくれ」
戦士たちは困惑した様子だが、結局は折れた。クルスに付き従って村の外へと出る。
クルスは戦士たちに向き直った。
「強くなったお前たちの力を見せてもらおうか?」
鞘をつけたままのブロードソードを手に持つ。
「もちろん、勇者として成長した俺に勝てるとは思わない。敗北を恥とは思わないでいい」
「……わかった」
覚悟を決めた戦士も鞘付きのブロードソードを手にした。ルーファスに『レベル30』の付与術をかけてもらった剣を。
クルスはそんなことを知らないので、上機嫌に剣を構える。
(……ははははははは! ちょっとばかりボコらせてもらうぞ! なに、大怪我はしないように気をつけてやる! いくぞ、肉壁!)
クルスは理力を展開。
一気の加速で戦士へと襲いかかかる。
「お前の力を見せてみ――へぶううううううううううう!?」
クルスの言葉は、己自身の絶叫によって上書きされた。
勢いよく振り下ろした、戦士ごときには絶対にかわせないとクルスが信じ込んだ一撃は、想像以上に軽やかな動きによって戦士にかわされ、それどころか、生じた隙をついて一撃を叩き込まれる。
想定外の反撃をくらい、クルスの身体は大きく吹っ飛んだ。
「お、お、お、おおお、お……!」
「す、すまん! 大丈夫か、クルス!?」
「や、やるじゃないか……ははは! ちょっと油断したようだ! だが、奇跡は二度と起きない!」
クルスは立ち上がると、再び剣を構える。
「悪いが、今度は格の違いを見せてや――ぐぼおおおおあああああ!?」
またしても、クルスの言葉は悲鳴によって上書きされた。
斬りかかったクルスの攻撃をまたしても戦士がかわし、一撃を叩き込んだからだ。
「お、ぶ、ぶ、おおおお……!?」
腹を押さえながら、クルスがうめく。
戦士は、申し訳ない顔でおろおろとしていた。
「すまない! クルスがあんまり自信たっぷりに強い強いと言うから、手を抜かなかったんだが……」
クルスには理解できなかった。
戦士の動きだ。あまりにも軽やかすぎる。グリア山にやってくる前、ミノタウロス相手にノロノロと動いていたときとは明らかに違う。
……違うが――なぜか見覚えはあった。
クルスは痛みを覚えながら、その違和感をたどる。
たどってたどって――
たどってたどって――
たどってたどって――
気がついた。
忌々しい付与術師がいた時代の頃の動き!
そして、ルーファスがこの村にいるという事実!
クルスは戦士をぎらりとにらみつけて叫んだ。
「お前! まさか、ルーファスの力を借りているんじゃないだろうな!?」
戦士はびくりと身体を震わせたが、意を決したように他の2人と顔を見合わせて、こう言い返した。
「ああ、そうだ! 俺たちの武器には付与術がかかっている。何か問題でもあるのか!?」
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