勇者ダイン、付与術師のことを(嬉しげに)クルスに話す
再び、俺とダインは切り結んだ。
ダインの攻勢は変わらないが、残念ながら、俺が変わってしまった。
俺の付与術『理力発散』がダインの理力を散らしている。おかげで、ダインから伝わってくる攻撃力の『圧』は弱まっている。
いや、それらは正確ではない。
弱まり続けている。
なぜなら、俺が『理力発散』の術式を書き換え続けているからだ。
現在進行形で俺の術式は進化している。
俺がそうしているから。
『理力発散』の付与術は俺がアドリブで作ったものだ。正直なところ、粗が目立つ。いや、粗しかない状態だ。
効果が理力発散(小)?
そんなものは、この術の限界ではない。そんなものが、この俺が生み出した術の限界であるはずがない。
俺は新しい剣を展開するたびに『新しい術式』の『理力発散』をかけた。
少しでも強く、強く!
術式が高速で書き変えられていく。否、成長していく。
『理力発散(小)』『理力発散(小+)』『理力発散(小++)』――
術の改善は劇的に状況を改善していく。
紙一重が、紙二重になり、紙三重になっていく。
「お前は! お前という男は!」
ダインが興奮した声を上げる。わかっているのだろう、だんだんと己の力が俺に御されている感覚が。
俺をにらむダインの隻眼に狂喜にも似た輝きが宿る。
ダインの燃え上がる感情が伝わってくる。もう胸を貸すなどという気持ちはどこにもない。ただただ、目の前の男を、この俺を、倒したいという気持ちだけが伝わってくる。
俺を互角の相手と認めた輝きだった。
もう、俺は押し負けなくなっていた。
「ふっ!」
俺はひと息とともにダインの斬撃を弾き、踏み込んで剣を一閃する。ダインは後ろへと飛んでそれを回避した。
その瞬間――
ダインの聖剣が炎のような青い理力に包まれる。
「……恐ろしい男だ。戦闘の最中にこうも進化するとは!」
言葉とは裏腹に、ダインの声には賞賛の高揚があった。
「最後にこいつをくれてやろう! さあ、どう出る、付与術師!?」
ダインは聖剣を両手で握り、振り下ろした。
「『獅子咬』!」
轟!
聖剣を包んでいた理力が放たれた。それは人の身長ほどもある大きな獅子となって俺に襲いかかる。
ははっ! 素晴らしい! 最高の性能テストじゃないか!?
俺は付与術を書き換えた。
ついさっき到達したばかりの『理力発散(中)』に――
「こいつなら、どうかな?」
俺は付与した剣を『獅子咬』に叩きつけた。
理力発散の剣と理力の獅子が激突する。とんでもない勢いに押し負けそうになるが――
「うおおおおおおおおおお!」
俺は勢いのまま、青い炎のような獅子を真っ二つに切り捨てた。
……なかなかの技だった。理力発散が(中)に至っていなければ、そのまま押し切られていたかもしれない。
切り裂かれた獅子が空に消える。
しん、と静まる広場。
やがて、ははは、とダインが笑った。
「まさか、あの技をこうも簡単にさばくとはな」
「……礼を言う。ダイン、お前のおかげだ」
お世辞ではなく、心の底からそう思う。ダインという明確な壁がなければ、すぐに検証できる状況でなければ、ここまでの急速な進化はなかっただろうから。
俺は剣を構える。
「さて、続きと行こうか?」
「いや、やめておこう」
ダインが剣を納めた。
「これ以上は――殺し合いになる。今回は俺の負けでいい」
「そうか」
俺は手に持っていたブロードソードを『圧縮』し、意識化に封印した。
「楽しめたよ、勇者ダイン」
「付与術師ルーファス――その名前は決して忘れない。お前のような男を天才と呼ぶのだろうな。同じ打倒魔王を誓う人間として、ともに戦えることを光栄に思う」
俺は勇者ダインが差し出した手を握り返した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――今日は村で用事をすませてくる。お前は修行をしていろ、クルス。
そう言って、師匠ダインは村に降りていった。
夜、クルスが山中の小屋で待っていると、ダインが帰ってきた。
その顔を見て、クルスは驚いた。
「どうしたんだ、ダイン!?」
ダインの顔は見たことがないほどに疲れていた。おまけに、いつもなら身体から放たれている厳しい烈気が柔らかくなっている感じすらある。
「村で面白いことがあってな、ふふ」
ふふっと笑ったことにクルスは驚いた。
今までダインが笑っているところなど見たことがない!
「何があったんだ?」
「剣聖ランカスターと戦った」
「え!?」
驚いた。剣聖ランカスターはクルスが仲間にできなかった存在。まさか、この村に現れるなんて。
「……勝てたのか?」
「ああ。ま、こちらもあちらも模擬戦なんで、互いに本気ではなかったがな」
「おお……!」
クルスは興奮し、
(ラァンカァスタアアアアアアア! お前は俺の仲間にはならなかったが、俺はお前を倒した最強の師匠の下で修行している! ははははは!)
そんな自慢にもならないことを思って満足する。
「それなら、その疲れも納得だな」
クルスの言葉にダインは首を振った。
「ランカスターと戦えたこともいい経験だったが、それよりももっと面白いことがあったんだ。ランカスターの仲間の付与術師との戦いだ」
付与術師……?
その言葉にクルスは不穏なものを感じた。
そう言えば、あの男も剣聖ランカスターを仲間にしようとしていたような――
(……え、いや、まさか……)
ダインはクルスに構わず話を続ける。
「本当に強かった。まさか、戦っている最中に理力を減衰させる術を編み出すなんて! あれほどの才能、本当に恐ろしい。間違いなく天才だ!」
「……それでも、ダインが勝ったんだろう?」
クルスの言葉に、ダインは首を振った。
「いいや、負けた」
楽しそうに笑ってから、ダインはこう続けた。
「ルーファスという男、底が知れない」
その名前を聞いた瞬間、落雷が直撃したかのような気分をクルスは味わった。
(……ルーファス、ルーファス、ルーファス! 本当にお前、お前なのか!)
ルーファスの底意地悪い笑みがクルスの脳裏に浮かぶ。
――どうした? お前の師匠は俺に負けたようだが。俺をクビにした――俺よりもお強いクルスさま的にそんな状況で大丈夫か?
そんな声が聞こえた気がした。
「……? どうした、クルス。顔色が悪いようだが?」
「あ、いや……な、なんでもない……なんでもない!」
自分を諭すようにクルスは繰り返す。
「そうか」
ダインはあまり気にしない感じで言った後、話を続けた。
「そうだ、クルス。勇者であるお前に聞いて欲しい話があるんだが?」
「……なんだ?」
「ルーファスの話だと『聖剣を斬った』ことがあるらしい。聖剣が斬れるなんて、そんなことはないと思うんだがな……。どう思う?」
「う、うぐ、お、おおおおお……」
「ど、どうしたんだ!? クルス!?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ひとしきり叫んだ後、荒い息を押し殺しながらクルスが応じる。
「……聖剣が、聖剣が、斬られる、なんて――そんなこと、起こるはずが、ないだろ!?」
そう、声を絞り出した。
クルスのプライドが、そう言わせた。
ダインがうなずく。
「そうだな、聖剣が斬られるはずなどない。そんなことが起これば、それは勇者の恥だ」
悪気のないダインの言葉がクルスの胸に突き刺さった。
過呼吸気味のクルスを見て、ダインが不思議そうな顔をする。
「……大丈夫か? 体調でも悪いのか?」
「い、いや。気にするな。大丈夫だ――」
「そうか……ならいいが。そうだ、クルス。ルーファスと顔を合わせておくか? あれほどの使い手だ。今後は戦局を左右する存在になるだろう。紹介するぞ」
善意100%の言葉にクルスは言い返した。
「いらない! 絶対に、いらない!」
「……? そうか? まあ、しばらくは村に逗留しているらしい。気が変わったら言ってくれ」
もうクルスの耳にダインの言葉は届いていなかった。
クルスはぐっと手を握る。爪が肌に食い込むほどに。
(……強く――強くなるしかない! ルーファス! 俺が勇者なんだ! 俺こそが! くおおおおおおおおおおおおお!)
己の暗い世界に沈みながら、クルスはそう決意した。
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